ホウレンソウとは?

ホウレンソウ(英名:spinach、学名:”Spinacia oleracea” L.)は、アカザ科の野菜。ほうれん草、菠薐草、法蓮草などとも表記される。高温下では生殖生長に傾きやすくなるため、冷涼な地域もしくは冷涼な季節に栽培されることが多い。
ホウレンソウがはじめに栽培されたのは、アジア、おそらくはペルシア地方だったと考えられている。英語のspinachの語源もペルシア語から来ていると思われる。ヨーロッパには中世末期にアラブから持ち込まれ、他の葉菜類を凌いで一般的になった。
ビタミンAや葉酸が豊富なことで知られる。ルテインというカロテノイドを多く含む。
おひたし、胡麻和え、バター炒めなど様々な形で調理される。調理するとかさが3/4程度に減る。

ホウレンソウの詳細

ホウレンソウ関連エントリー

ホウレンソウ。

仕事における、 ホウレンソウ 。 ホウ→報告 レン→連絡 ソウ→相談 ってやつです。 先日のNさんの業務日報に上司S次長が、 上司(私)との ホウレンソウ がたりないんじゃないかな?というニュアンスのコメントを書いたらしい。 ...

ホウレンソウ。

ホウレンソウ

我ながら、「きれいに発芽したな~」 と、いまのところ大満足なホウレンソウ。 葉菜類のなかでも一番好きな野菜です。 今日は不織布をあけて ... スギナが多い事。 土壌が酸性の可能性・大! 酸性ではホウレンソウが良く育ちません。 さて、どうなり ...

ホウレンソウ

料理だいすっき♪ ベーコン&ホウレンソウ・・・の巻

... ホウレンソウも食べなきゃいけないし ってことで、ホウレンソウ買ってきました。 ベーコンの油と塩気で調味料ゼロ、ヘルシー?でしょ? 子供のころはホウレンソウのバター炒め大好きだったけど最近食べてないなぁ。 横の点心は、エビ餃子。 ...

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ハートフルなホウレンソウ

... 必須なマナーともいえるべき ホウレンソウ。 「当然!」「当ったり前!」と自負する優秀な ホワイト 諸君も多い ことでしょう。 でも、自分ならではの方法を編み出してホウレンソウを 料理 して 会社から、人々から又は逆にお客様からカロテンを ...

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ホウレンソウとわかめ

最近のマイブームがホウレンソウとわかめのおひたしです。 母の味というよりは、小学校の給食で出たものがベースなのですが… 子供の頃、やや茶色がかった髪がコンプレックスだった(昔は茶髪はメジャーじゃなかったので) ...

ホウレンソウとわかめ

ホウレンソウ画像


ホウレンソウ旅行記

アンデスへ12(by buchijoyceさん)

ホウレンソウ
リマ・動物園→パチャカマ遺跡へ

5月30日(月)曇り

この時期のリマは毎日がこんな天気なのだそうだ。空は高いがどんよりとしている。晴れ晴れの山から来たからなんか妙な感じだ。夕べは久しぶりにぐっすりと眠った。うちに帰ってきたような安心感がある。

8時朝食を頂いた。毎朝、ご飯と味噌汁と漬物とホウレンソウのおひたしを頂く。日常にはないことだ。ご主人が納豆を練ってくれた。これも自家製かな。Papasanは大喜び。

カンツータから歩いて15分くらいのところにある動物園に行く。メイン道路に面しているので歩いていても排気ガスがのどを襲う。うん、都会だなぁ、これには参った。動物園に着くと、9時開園だと言ってまだ門が閉まっている。私が時計を見せ、9時だというと開けてくれた。待っている人たち、みんなが喜んだ。私の時計は進んでいたかもしれないのだが。

入場券を買うと、29,30,31日は割引で2ソルだった。一人2ソルかと思ったら二人で2ソルだった。そのせいか入園者が多い。子ども連れあり、学生たちあり、大人同士連れ立って、といろんな人が入っていて面白かった。SELVA、SIERRA、COSTAと分かれているので、まずはSELVAから。案内板に従って歩いていくと、SELVAがあった。オセロットがいる。きれいだ。動物園なんて何年ぶりだろう、いや何十年ぶりと言った方がいい。園内を鼻歌を歌いながら見て回っている。猛禽類もかなりいる。これはたのしい。

ただ朝、水撒きをするらしく、その水が乾いていなかったので、どろどろの土が靴底にべとべとについてしまった。他の人の靴も見ると、みんなべたべたに土がついている。石や草に擦り付けて泥を落とした。檻の中の動物もたのしいが、檻の外の動物たちもまたたのしい。野鳥もいっぱいいる。インコの仲間がうるさいくらいに大騒ぎをしながら、木から木に飛んでいく。リスも二種類いるのだろうか。これがまたかわいかった。

11時半、カンツータに戻ると、ミゲルが迎えに来ていた。一緒にATMに行き、お金をドルで下ろし、スーパーをのぞいた。大きなスーパーだ。さすがリマは都会だ。食料品の値段も安い。食料品の値段を見る限りは、暮らしやすそうだ。午後から遺跡に行くので、飲むヨーグルトやビール、清涼飲料水などを買った。
それを持ったまま、ヒカリというレストランへ行った。ここは肉料理が専門だとか。丸焼きチキンを4分の1、牛肉の炒め物、心臓の串焼き、サラダなどを頼んだ。これは美味しい。肉料理を食べたかったあの若者に悪いことをしたなぁ。Papasanはビール、私はレモネード。このレモンはここでしか食べられないから、とたくさん飲んだ。ミゲルに言わせれば、日本でもペルー料理店へ行けばこのレモンは手に入る、空輸しているから、ということだった。

ミゲルは高校を出てから日本に11年いたという。「日本で何をしていたの?」「初めは横浜埠頭で荷捌きの仕事をしていました。塗装もやったし、大工の仕事もしました。初めのころは言葉が分からなかったので、とても大変でしたが、いまでは日本は大好きです」「日本を好きでありがとう。苦労したのね。だから日本語が上手いのね。」「もっと日本にいようと思ったのですが、父が病気で帰ってきたのです。母の死に目には会えませんでしたから。父も私が帰ってまもなくなくなりました」「それはいいことをしたね」私の予備知識ではペルーの人たちは家族・親族を大事にするようだ。話を聞いても、することを見ていても、ミゲルは誠実な人間だ。

「ところで運転手さんの収入はどれくらいなの?」「300ドルぐらいでしょうか。それでも定収入があるからいい方だと思います。」「でも物価が安いから、いいのかな」「いえ、いくら物価がやすくても300ドルではきついと思います。リマの家賃は高いです。もちろん場所にもよりますが」「どのくらい?」「100ドルぐらいします。」「収入の3分の1かぁ、それはきついね」公立の学校は無料だが、私立の月謝はピンからキリまであると、いろいろ教えてもらった。スーパーの近くの室内トレーニングセンターで運動している大勢の若い人たちを見たが、あれは月々50ドルかかると言った。ここもご多分にもれず所得の格差はかなりあるようだ。

ストリートチルドレンではないかもしれないが、街中で働く子どもたちを大勢見た。物売りはもちろん、信号で止まっている間に窓を拭く子ども、靴磨き、それも靴をはいている人を探しての靴磨きだ。しかし、たくましい。

パチャカマ(pachacamac)遺跡はリマから高速道路を走って30分ぐらいのところにある。海辺の遺跡だ。広大な遺跡なので、車で周り、時折下りて学芸員の説明を聞く。学芸員がかならず説明につく。
西暦600年頃に栄えた神殿だそうだ。パンチャは大地、カマックは作ると言う意味。要は天地創造の神と言うのだろうか、宗教的にとても大きな力を持っていたので、近在近郷をはじめ遠くからも人々がお参りに訪れていたと言う。神殿はピラミッド式で基礎部分は石、その上は日干し煉瓦で出来ている。日干し煉瓦を触ってみたが、固い。その上にさらにドロを塗り、漆喰のように化粧をしていたらしい。その方が強度もつく。石積みが1cmほどあけてつまれている。それは地震の際の揺れを計算していたようだという。えらいもんだ。古代の人は自然をよく知っているからこその智恵だろう。ここの遺跡はいわゆるプレインカ文化である。やがてインカが来たが、インカはパチャカマ信仰を否定はしなかった。しかしインカは太陽神を信じていたので、さらに上の方に太陽神殿をつくった。これもピラミッド形式の神殿である。ふ〜ふ〜言いながら、ピラミッドの最上部に登ると、西に海が開けている。神殿から夕日を拝んだのだそうだ。

海岸近くに2つの小島が見える。学芸員がその島にまつわる伝説を話してくれた。
「むかし、ぼろぼろの貧しい身なりをして、神様がこの地方を回っていた。そして神様はこの国の王女が気に入った。王女が木陰で眠っているとき、鳥の姿になった神様は木の上から木の実を落とした。それを王女が食べた。すると王女は妊娠して子どもが生まれた。やがて子どもがある程度大きくなったとき、父親はだれか 知りたがり、父親がほしいと言った。王宮に近在の王子や身分の高い人たちが集められた。その中にぼろを着た神様も混じっていた。王女は神さまが自分を妊娠させたのはわかっていたが、誰が神さまだかは知らない。そこで子どもを居並ぶ人々の前に出した。血が血を呼ぶと言われていたからである。すぐに子どもはきらびやかな貴族たちのなかから、ぼろを身にまとった神様を捜し当てた。それを見て、王女はびっくりしてしまい、海に子どもをつれて飛び込んでしまった。二人は泳げなかったので溺れ死に、二つの島になった。」

「ふ〜ん、ペルー人は悲劇が好きなんだね。私だったらハッピーエンドにするなぁ。ぼろを着ていた神さまが、子どもが傍によると、いきなりすばらしい貴公子になって、王女ともども仲良く暮らした、とか、ぼろを着ていても、神さまは神さま、それがわかってみんなの尊敬を集めたとか、そっちの方にするけどねぇ。二つの島は、ある日、神様は王女と子どもをつれて海岸に出た。王女の耳かざりをとって海に投げると小さな島ができた。子どもの耳かざりを投げるとすぐ傍にもっと小さな島ができた。大きい方の島には王女を妊娠させた幸せな木の実がいまでもなっている、なんて。どうこんなの?」

一番下に、復元した女たちの家が作られていた。これはインカの形式で、二階建て。5つのグループの女性たちがここで暮らしていた。だれもがも選ばれるのをのぞんでいたそうだ。第一のグループは王の妻になったり、いけにえになったりするための女性たち、2番目のグループは 貴族たちの妻になる女性たち、3番目は踊りや音楽をする女性たち・・その女性たちのために働く女性たち、等々。警備もすべて女性たちで、大体200人くらいが外に出ることを禁じられて、暮らしていたらしい。
「ハーレム見たいなもんだね、女性としてはかなわんね」というと、通訳してもらって学芸員も笑っている。そうだよね。
この神殿も1563年にスペインが侵入、金銀を奪い、火を放ち、プレインカの文化はここでも砂漠の中に埋没してしまった。

明日は最終日だ。天野博物館の予約が3時半にとってある。明日はお昼に来るから、荷造りをしておいてくださいと言ってミゲルが引き上げた。じゃぁ、お土産を買ってしまおう。アルパカのスウェーターが気に入ったのでもう一枚買ってこうと思ったのだが、気に入った柄がない。こういうのは出会いだからね。アルパカって、人間の髪の毛と同じように直毛なので、洗っても縮む心配がないんだって。無精者にはこれはなにより。
(家に帰って、アルパカのスウェーターをシャンプーとリンスを使って洗ってみた。大丈夫縮まなかった。脱水機をかけても乾燥機をかけてもいいとは教えてもらったが、気に入ったスウェーターなので、それまではちょっと出来なかった。)

香苗さんが細めの帯紐のような織物をたくさん見せてくれた。どれもびっくりするような斬新なデザインで、しかもきっちりと織られている。「私が買ってあげなくては、この織は廃れてしまいそうなので」と買いあげているのだという。
太いのは両面織だ。「もともと何に使っていたのですか」と聞くと、帯だと言う。だからこれほどしっかりと織られているんだ。石垣島の女たちが織る帯を思い出した。細いもので、めがね入れをつくってはどうかと提案した。ウズベキスタンで買った首からつるすめがね入れ袋は重宝している。帰りに、この帯を一本分けてもらって、自分でめがね入れを仕立ててみようと思っていたが、これまた忘れてしまった。あの織で、あの三つ編のひもをつけて、つくってみたかった。結構おしゃれだと思うんだけど。

今日の夕食は魚と野菜の旨煮。それに自家製の焼きたての餃子。ウニの酒蒸、もちろん漬物も味噌汁もある。今夜が最後というと、渡辺さんがスーパーで買ったというシャンパン(発泡ワイン)をご馳走してくれた。私たちもイカの赤ワインを買ってきたので、飲み比べている。

食事をしていると団体さんが買い物に来ていた。気がついたのが遅かったからだが、手伝えばよかった。私は調子がいいから売り子にはむいているんだが。


【旅行時期】2005/05/30~2005/05/30
【エリア】リマ
【テーマ】
【投稿者】buchijoyce

FM (NH特典) で行く 海南島&雲南 【その6】 麗江(by MILE JUNKIEさん)

ホウレンソウ
 2006年末で期限になるANAマイルがありましたので、それを消化するべく、年越しで出掛けることにしました。

 とりあえず、今まで利用したことのなかった上海航空の特典にしようと思い、まずはホームページで路線図を見ます。冬なので暖かいところがいいかなと思った以外には、特にどこにするという希望もありませんでしたが、今まで行ったことのない都市で、一番お得そうな(?)場所を選ぶことにしました。まずは西双版納と麗江で散々迷ったのですが、結局麗江に決めました。それにもう1ヶ所、海南島(三亜・海口)を加えて、予定が決定しました。いろいろと考えるのに時間を掛けてしまった結果、発券は11月末になってしまいました。

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 大理からバスで戻って来ました。上海への飛行機は1月4日発だったので、麗江では2泊。まずは昼食をとって、ホテルを決めました。泊まったのは、古城エリアではなく、大きな通り(民主路)沿いに面した神農大酒店。
 この日の午後は古城の市街、新市街をそれぞれ徒歩にて散策しました。翌日は、バス乗り場で知り合った所沢のHさんとレンタサイクルで白沙村や玉龍雪山の麓を訪ね、3日目は昼過ぎに昆明経由虹橋行きの便で麗江を発ち、上海へ戻りました。
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【ルート】

(その1)
最寄り駅+++++姫路++++(新快速)++++敦賀++++++福井++++++金沢+++++富山(泊)
富山→→(FM)→→浦東

(その2)
浦東→→(FM)→→三亜(泊)
三亜(泊)

(その3)
三亜========海口(泊)
海口→→(FM)→→浦東
浦東空港=====虹橋空港(泊)

(その4)
虹橋→→(FM)→→昆明(泊)
昆明→→(FM)→→麗江
麗江========大理(泊)

(その5)
大理(泊)
大理========麗江(泊)

◆(その6)
麗江(泊)
麗江→→(FM:昆明経由)→→虹橋

(その7)
虹橋空港=====上海市内(泊)
上海市内+++++龍陽路++++(上海リニア)++++浦東空港
浦東→→(FM)→→関西
関西空港++++(関空快速)++++大阪++++(新快速)++++加古川+++++最寄り駅

【旅行時期】2007/01/02~2007/01/04
【エリア】麗江
【テーマ】
【投稿者】MILE JUNKIE

益々繁盛(*^_^*)台湾之旅?おいしいレストラン編(by ajiajiroさん)

ホウレンソウ
 総勢11人の弊社の慰安旅行…

 台湾の空港に着くなり、メンバーのK氏が皆の前でいきなり大きな声でしゃべり始めた…
「今日の自由行動の夕食は、ひとり3000円で飲み放題、食べ放題を予約してあるので、全員ついてくるように!」

さて、その顛末は…


【旅行時期】2006/11/29~2006/12/01
【エリア】台北
【テーマ】グルメ
【投稿者】ajiajiro

2006年 中国西域ぶらり旅@喀什 vol.3 (2006/07/02)(by chiko101さん)

ホウレンソウ
2006年の夏に2ヶ月間、中国の西域を旅した時の記録、その17。


2006/07/02 パート1
中国最西端の町、喀什(カーシー/カシュガル)にて。


カシュガルでは日曜日にバザールが開かれる。
新疆最大規模のそのバザールは昔の姿を止めていると聞いていた。





正直、期待はずれだった。



それは地元の人たちがどうのというのではなくて、
規模がどうのというのでもなくて、


あまりにも、近代的。



大規模ショッピングモールとでも言うのだろうか。
古くからバザールが開かれてきたその土地は、
今や区画整備されアーケードのある商店街になっていた。

ここに店を出すにはテナント料を払って土地を借りなければならない。
農村部からロバ車ではるばるやってくる人たちに、そんな余裕があるはずがない。
金を払う余裕のある店のほとんどは観光客向けのみやげ物屋。
もう、そこは誰もが自由に店を広げられる市場ではなかった。


もっと泥臭いものを想像していた。


政治・経済・歴史・民族
背景にあるものは複雑すぎて私にはわからない。

こういうものを目の当たりにすると、
伝統や文化が失われるぐらいなら開発なんてしないほうがいいのにと、つい思ってしまう。
でも、それは私が観光客だから。


日本も多くの伝統や文化を捨てながら成長してきた。
今になって振り返る。
失ってきたものの多さに愕然とする。
失くしてからその重要さに気づく。
だから、他の文化がそうなるのを残念だと思う。




でも。


地元の人にとっては?

生活が便利になる。
初めは抵抗があっても、人間一度便利さを手に入れるとそれを手放すことは難しい。
今さら電気のない生活になんて戻れない。
もったいないから開発をするな、なんて便利な地域に住む人間の傲慢でしかない。

政府側の意向で始まった都市化計画に不満はあっても、
エイティガール寺院前の広場の様に一度日常の一部になってしまえば、
それは道端に転がっている小石と同じ。
何の違和感もなくその都市の風景の一部となる。


では、何もしなくて良いのか。
そんなはずはない。

戦後、日本は「東洋の奇跡」と呼ばれるほど急激な復興と発展を遂げた。
日本が高度経済成長期に経験した様々な公害と対策は、
中国を初めとした発展途上国でモデルケースとして紹介されているという。

現在、急激な経済成長をしている中国。
新疆やチベットなど独立色の強い地域は政府主導の下、
急速な漢様式化が進んでいる。
環境・工業などの直接国益に関わる分野だけでなく、
民族性・伝統の保存といった文化面のサポートも、
先進諸国が経験に基づいて担うべき役割の一つだろう。


経験を伝えなければならないのは国だけではない。
それは個人も同じこと。

今、自分にできることは、
自分の見てきたものを少しでも多くの人に正確に伝えること。
記録に残すこと。
この旅行記はその一つ。

やっつけ仕事な文章は書きたくないので更新は遅いけれど、
少しずつでも確実に進めていきたい。

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長文になってしまいました。
でもこれは今回の旅を通して何度も考えてきたこと。
とても大切なこと。
省いてはいけない部分。


何を今さらと言われるかもしれない。
歴史も政治も十分に知らない私のような若輩者が、
こういうことを書くのはおこがましいかもしれない。
でも、「誰かが口にするから」と人に任せているばかりではいけない。
それぞれが自分が感じたことを、自分の言葉で、自分のことを見てくれている人たちに、伝えなければ。
だから、あえて。


ちなみに、泥臭いバザールを見たいと思われる方は和田(ホータン)まで足を伸ばしてみると良いかと思います。
こちらの写真(2006年7月9日分)も後日アップ予定です。

この長文に最後までお付き合いくださった方々、
本当にありがとうございました。
皆様のおかげで膨大な量の写真にもめげずに頑張れています。

では、カシュガル編vol.3をお楽しみ下さい。

【旅行時期】2006/07/02~2006/07/02
【エリア】喀什
【テーマ】
【投稿者】chiko101

北欧周遊? <ヘルシンキその2>(by あやぁさん)

ホウレンソウ
ヘルシンキ滞在の最終日。
世界遺産のスオメンリンナ島を訪問と市内でおみやげショッピング♪
夕方は楽しみにしていたシリヤ・ラインでストックホルムへ向かいます。

この日は朝から風が強くて寒く、雪もちらつくお天気。
かなり苛酷なスオメンリンナ訪問となりました(笑)



★☆全旅程☆★
?10/28 東京→ヘルシンキ
≪ヘルシンキ泊≫
?10/29 ヘルシンキを少し観光した後タリンを訪問
≪ヘルシンキ泊≫
●10/30 ヘルシンキ観光/ヘルシンキ→ストックホルム(シリヤ・ライン)
≪船中泊≫
?10/31 ストックホルム観光
≪ストックホルム泊≫
?11/1  ストックホルム観光/ストックホルム→コペンハーゲン
≪コペンハーゲン泊≫
?11/2  コペンハーゲン観光/コペンハーゲン→ロヴァニエミ
≪ロヴァニエミ泊≫
?11/3  ロヴァニエミ観光
≪ロヴァニエミ泊≫
?11/4  ロヴァニエミ観光
≪ロヴァニエミ泊≫
?11/5  ロヴァニエミ→東京
  11/6  東京着

【旅行時期】2006/10/30~2006/10/30
【エリア】ヘルシンキ
【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
【投稿者】あやぁ