ホウレンソウとは?
ホウレンソウ(英名:spinach、学名:”Spinacia oleracea” L.)は、アカザ科の野菜。ほうれん草、菠薐草、法蓮草などとも表記される。高温下では生殖生長に傾きやすくなるため、冷涼な地域もしくは冷涼な季節に栽培されることが多い。
ホウレンソウがはじめに栽培されたのは、アジア、おそらくはペルシア地方だったと考えられている。英語のspinachの語源もペルシア語から来ていると思われる。ヨーロッパには中世末期にアラブから持ち込まれ、他の葉菜類を凌いで一般的になった。
ビタミンAや葉酸が豊富なことで知られる。ルテインというカロテノイドを多く含む。
おひたし、胡麻和え、バター炒めなど様々な形で調理される。調理するとかさが3/4程度に減る。
ホウレンソウの詳細
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ホウレンソウ
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報連相(ホウレンソウ)
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「ホウレンソウ」は基本
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ホウレンソウ画像
ホウレンソウ旅行記
おはよう!西安(by 陝西虹陽国際旅行社日本旅行中心担当さん)
ここは、西安市民のパワーの源ーー野菜市場です。ますます寒くなるのに、いろいろな野菜があるね。トマト、ホウレンソウ、チンゲンサイ、ニラ、レンコン……食欲が誘われるように並んでいる。
ヨシ、今日の献立が…しゃぶしゃぶにしよう!
アンデスへ12(by buchijoyceさん)
リマ・動物園→パチャカマ遺跡へ
5月30日(月)曇り
この時期のリマは毎日がこんな天気なのだそうだ。空は高いがどんよりとしている。晴れ晴れの山から来たからなんか妙な感じだ。夕べは久しぶりにぐっすりと眠った。うちに帰ってきたような安心感がある。
8時朝食を頂いた。毎朝、ご飯と味噌汁と漬物とホウレンソウのおひたしを頂く。日常にはないことだ。ご主人が納豆を練ってくれた。これも自家製かな。Papasanは大喜び。
カンツータから歩いて15分くらいのところにある動物園に行く。メイン道路に面しているので歩いていても排気ガスがのどを襲う。うん、都会だなぁ、これには参った。動物園に着くと、9時開園だと言ってまだ門が閉まっている。私が時計を見せ、9時だというと開けてくれた。待っている人たち、みんなが喜んだ。私の時計は進んでいたかもしれないのだが。
入場券を買うと、29,30,31日は割引で2ソルだった。一人2ソルかと思ったら二人で2ソルだった。そのせいか入園者が多い。子ども連れあり、学生たちあり、大人同士連れ立って、といろんな人が入っていて面白かった。SELVA、SIERRA、COSTAと分かれているので、まずはSELVAから。案内板に従って歩いていくと、SELVAがあった。オセロットがいる。きれいだ。動物園なんて何年ぶりだろう、いや何十年ぶりと言った方がいい。園内を鼻歌を歌いながら見て回っている。猛禽類もかなりいる。これはたのしい。
ただ朝、水撒きをするらしく、その水が乾いていなかったので、どろどろの土が靴底にべとべとについてしまった。他の人の靴も見ると、みんなべたべたに土がついている。石や草に擦り付けて泥を落とした。檻の中の動物もたのしいが、檻の外の動物たちもまたたのしい。野鳥もいっぱいいる。インコの仲間がうるさいくらいに大騒ぎをしながら、木から木に飛んでいく。リスも二種類いるのだろうか。これがまたかわいかった。
11時半、カンツータに戻ると、ミゲルが迎えに来ていた。一緒にATMに行き、お金をドルで下ろし、スーパーをのぞいた。大きなスーパーだ。さすがリマは都会だ。食料品の値段も安い。食料品の値段を見る限りは、暮らしやすそうだ。午後から遺跡に行くので、飲むヨーグルトやビール、清涼飲料水などを買った。
それを持ったまま、ヒカリというレストランへ行った。ここは肉料理が専門だとか。丸焼きチキンを4分の1、牛肉の炒め物、心臓の串焼き、サラダなどを頼んだ。これは美味しい。肉料理を食べたかったあの若者に悪いことをしたなぁ。Papasanはビール、私はレモネード。このレモンはここでしか食べられないから、とたくさん飲んだ。ミゲルに言わせれば、日本でもペルー料理店へ行けばこのレモンは手に入る、空輸しているから、ということだった。
ミゲルは高校を出てから日本に11年いたという。「日本で何をしていたの?」「初めは横浜埠頭で荷捌きの仕事をしていました。塗装もやったし、大工の仕事もしました。初めのころは言葉が分からなかったので、とても大変でしたが、いまでは日本は大好きです」「日本を好きでありがとう。苦労したのね。だから日本語が上手いのね。」「もっと日本にいようと思ったのですが、父が病気で帰ってきたのです。母の死に目には会えませんでしたから。父も私が帰ってまもなくなくなりました」「それはいいことをしたね」私の予備知識ではペルーの人たちは家族・親族を大事にするようだ。話を聞いても、することを見ていても、ミゲルは誠実な人間だ。
「ところで運転手さんの収入はどれくらいなの?」「300ドルぐらいでしょうか。それでも定収入があるからいい方だと思います。」「でも物価が安いから、いいのかな」「いえ、いくら物価がやすくても300ドルではきついと思います。リマの家賃は高いです。もちろん場所にもよりますが」「どのくらい?」「100ドルぐらいします。」「収入の3分の1かぁ、それはきついね」公立の学校は無料だが、私立の月謝はピンからキリまであると、いろいろ教えてもらった。スーパーの近くの室内トレーニングセンターで運動している大勢の若い人たちを見たが、あれは月々50ドルかかると言った。ここもご多分にもれず所得の格差はかなりあるようだ。
ストリートチルドレンではないかもしれないが、街中で働く子どもたちを大勢見た。物売りはもちろん、信号で止まっている間に窓を拭く子ども、靴磨き、それも靴をはいている人を探しての靴磨きだ。しかし、たくましい。
パチャカマ(pachacamac)遺跡はリマから高速道路を走って30分ぐらいのところにある。海辺の遺跡だ。広大な遺跡なので、車で周り、時折下りて学芸員の説明を聞く。学芸員がかならず説明につく。
西暦600年頃に栄えた神殿だそうだ。パンチャは大地、カマックは作ると言う意味。要は天地創造の神と言うのだろうか、宗教的にとても大きな力を持っていたので、近在近郷をはじめ遠くからも人々がお参りに訪れていたと言う。神殿はピラミッド式で基礎部分は石、その上は日干し煉瓦で出来ている。日干し煉瓦を触ってみたが、固い。その上にさらにドロを塗り、漆喰のように化粧をしていたらしい。その方が強度もつく。石積みが1cmほどあけてつまれている。それは地震の際の揺れを計算していたようだという。えらいもんだ。古代の人は自然をよく知っているからこその智恵だろう。ここの遺跡はいわゆるプレインカ文化である。やがてインカが来たが、インカはパチャカマ信仰を否定はしなかった。しかしインカは太陽神を信じていたので、さらに上の方に太陽神殿をつくった。これもピラミッド形式の神殿である。ふ〜ふ〜言いながら、ピラミッドの最上部に登ると、西に海が開けている。神殿から夕日を拝んだのだそうだ。
海岸近くに2つの小島が見える。学芸員がその島にまつわる伝説を話してくれた。
「むかし、ぼろぼろの貧しい身なりをして、神様がこの地方を回っていた。そして神様はこの国の王女が気に入った。王女が木陰で眠っているとき、鳥の姿になった神様は木の上から木の実を落とした。それを王女が食べた。すると王女は妊娠して子どもが生まれた。やがて子どもがある程度大きくなったとき、父親はだれか 知りたがり、父親がほしいと言った。王宮に近在の王子や身分の高い人たちが集められた。その中にぼろを着た神様も混じっていた。王女は神さまが自分を妊娠させたのはわかっていたが、誰が神さまだかは知らない。そこで子どもを居並ぶ人々の前に出した。血が血を呼ぶと言われていたからである。すぐに子どもはきらびやかな貴族たちのなかから、ぼろを身にまとった神様を捜し当てた。それを見て、王女はびっくりしてしまい、海に子どもをつれて飛び込んでしまった。二人は泳げなかったので溺れ死に、二つの島になった。」
「ふ〜ん、ペルー人は悲劇が好きなんだね。私だったらハッピーエンドにするなぁ。ぼろを着ていた神さまが、子どもが傍によると、いきなりすばらしい貴公子になって、王女ともども仲良く暮らした、とか、ぼろを着ていても、神さまは神さま、それがわかってみんなの尊敬を集めたとか、そっちの方にするけどねぇ。二つの島は、ある日、神様は王女と子どもをつれて海岸に出た。王女の耳かざりをとって海に投げると小さな島ができた。子どもの耳かざりを投げるとすぐ傍にもっと小さな島ができた。大きい方の島には王女を妊娠させた幸せな木の実がいまでもなっている、なんて。どうこんなの?」
一番下に、復元した女たちの家が作られていた。これはインカの形式で、二階建て。5つのグループの女性たちがここで暮らしていた。だれもがも選ばれるのをのぞんでいたそうだ。第一のグループは王の妻になったり、いけにえになったりするための女性たち、2番目のグループは 貴族たちの妻になる女性たち、3番目は踊りや音楽をする女性たち・・その女性たちのために働く女性たち、等々。警備もすべて女性たちで、大体200人くらいが外に出ることを禁じられて、暮らしていたらしい。
「ハーレム見たいなもんだね、女性としてはかなわんね」というと、通訳してもらって学芸員も笑っている。そうだよね。
この神殿も1563年にスペインが侵入、金銀を奪い、火を放ち、プレインカの文化はここでも砂漠の中に埋没してしまった。
明日は最終日だ。天野博物館の予約が3時半にとってある。明日はお昼に来るから、荷造りをしておいてくださいと言ってミゲルが引き上げた。じゃぁ、お土産を買ってしまおう。アルパカのスウェーターが気に入ったのでもう一枚買ってこうと思ったのだが、気に入った柄がない。こういうのは出会いだからね。アルパカって、人間の髪の毛と同じように直毛なので、洗っても縮む心配がないんだって。無精者にはこれはなにより。
(家に帰って、アルパカのスウェーターをシャンプーとリンスを使って洗ってみた。大丈夫縮まなかった。脱水機をかけても乾燥機をかけてもいいとは教えてもらったが、気に入ったスウェーターなので、それまではちょっと出来なかった。)
香苗さんが細めの帯紐のような織物をたくさん見せてくれた。どれもびっくりするような斬新なデザインで、しかもきっちりと織られている。「私が買ってあげなくては、この織は廃れてしまいそうなので」と買いあげているのだという。
太いのは両面織だ。「もともと何に使っていたのですか」と聞くと、帯だと言う。だからこれほどしっかりと織られているんだ。石垣島の女たちが織る帯を思い出した。細いもので、めがね入れをつくってはどうかと提案した。ウズベキスタンで買った首からつるすめがね入れ袋は重宝している。帰りに、この帯を一本分けてもらって、自分でめがね入れを仕立ててみようと思っていたが、これまた忘れてしまった。あの織で、あの三つ編のひもをつけて、つくってみたかった。結構おしゃれだと思うんだけど。
今日の夕食は魚と野菜の旨煮。それに自家製の焼きたての餃子。ウニの酒蒸、もちろん漬物も味噌汁もある。今夜が最後というと、渡辺さんがスーパーで買ったというシャンパン(発泡ワイン)をご馳走してくれた。私たちもイカの赤ワインを買ってきたので、飲み比べている。
食事をしていると団体さんが買い物に来ていた。気がついたのが遅かったからだが、手伝えばよかった。私は調子がいいから売り子にはむいているんだが。
ジャンボ ハバリ3(by buchijoyceさん)
ナイロビ→アンボセリ
7月2日(金)
窓から空を見ると、空に光の矢印が下をさしているのに驚く。
惑星に恒星が重なって、空につけられた矢印のように見えるのだ。矢印の下の地上にはなにがあるんだろう。まるで何かの啓示のようだ。午前5時42分ナイロビ、ジョモ・ケニアッタ空港着。
空港の名前のジョモ・ケニアッタはケニアの初代大統領の名。
ケニアッタという名は私でも知っている。イギリスの植民地であったケニアで反政府運動をして捕らえられ、たしか7年ぐらい投獄されていたと思う。歴史に名高いマウマウの反乱で反政府軍、政府軍、双方とも多くの犠牲を払ったが1963年ついに独立。外交的には柔軟路線を推し進めていたようだ。亡くなるまで大統領の座にあった。
イミグレをとおり、外に出ると、迎えのA&Kのガイド、ダンカンさんがカタカナで私たちの名前を書いた紙を持って、待っていてくれた。「ジャンボ!」「ジャンボ!」
先ずは50ドルをシリングに代える。1シリング=?
専用車はNISSANのワゴン。荷物は後に積んでしまうし、4人だから、ゆったりしている。私は運転席の後に席をとる。カメラバッグを足元に置くので。
ナイロビによらずに一路アンボセリ国立公園をめざす。
空港を出ると、そこはもう広大なサバンナだ。アカシアがサバンナ独特の風景をつくっている。アカシアには種類がたくさんある。アフリカとオーストラリアが原産。日本でおなじみのアカシアは同じマメ科だが、白い花のハリエンジュ(ニセアカシア)で
北アメリカ産。アフリカ産はおなじみギンヨウアカシアのミモザだ。乾燥地帯に適応して葉は細く、小さい。オーストラリア産はもうすこし葉が広いそうだ。
そのアカシアを食べているキリンたち。草原にはガゼルもいる。シマウマもいる。うわ〜、キリンだぁ〜。シマウマだぁ〜。国中が自然公園なんだ。と車内はうるさいことしきり。
ケニアの国土は58.3万平方メートル(日本の1.5倍。)
人口は約2,900万人。42部族からなる。地図を見ると、広大な部分が自然公園だ。公用語はスワヒリ語と英語。
日本との時差は6時間。(夏時間)
途中、トイレ休憩のため、マサイのみやげ物屋に寄った。
トイレは水洗できれい。タチアオイの花がいっぱい咲いている。
頭上からいろんな鳥の声が響く。いい声だ。どこだろう。
嘴の赤い、キングフィッシャーだ。ハタオリドリの巣がたくさん木にぶら下がっている。時折、鳥がその巣に出入りしている。
下についた出入り口は横に曲がるようになっていて巣が作ってある。そうだよね、でなかったら、卵が落ちちゃう。
褐色と青い羽の鳥がいる。それを追って写真を撮る。これはムクドリの仲間でごくごく普通に見られる鳥だったが、そのときは
めずらしいから、カメラで追いかけた。
マサイの黒檀で出来たペーパーナイフを買った。10ドル。
気に入ったんだけど、これはどこかへ落としてしまったらしく、
片づけをすると荷物の中にはなかった。お茶を飲むと1杯100シリング。店の人たちも結構片言の日本語を話す。日本人客が多いのだろう。
アンボセリ国立公園まで空港から4時間ぐらいかかる。
毎度のことながら、ダンカンさんからスワヒリ語を教わっている。ダンカンさんは日本語も上手だ。
ジャンボ、これはおなじみ、挨拶はすべてジャンボ。
アサンテ サーナ(ありがとう) サーナはvery much
タム サーナ(おいしい)、
ズリ サーナ(very good)
ウズリ サーナ(very nice)
ジュンボ(大きい)
ポレポレ(ゆっくり)
クワヘリ(さようなら)・・・
道すがら、キリマンジェロがうっすらとだが見える。おお、ラッキー!日本で「運がよければキリマンジェロが見えます」なんて言われたけど、キリマンジェロはずっと見えてた。私たちは運が強いんだ。幸先がいいぞ!
まじかで野生動物を見るなんて、日常にはない経験だ。動物園では見たとしても、野生動物が勝手気ままに生活しているなんて、
そんじょそこらにあるもんじゃない。
あっ、シマウマだ!キリンだ!と大声をあげ、興奮気味にしゃべるので、みんなすっかりのどが痛くなってしまった。
タンザニア国境(50m先が国境)の町から左折してアンボセリに向かう。タンザニア国境までの道は舗装されていて走りよかったが、ここからは石ころだらけの未舗装の道に入る。ラテライトの赤い道。ほこりが舞う。ときどき、牛をつれたマサイの人々とすれ違う。カンガを着て棒を持っている。被写体にはいい。だけどガタガタ道だから車中からは撮れない。
きっとこの道は自然公園だから、舗装しないのだろう。あとで確認すると、やはり舗装はしないのだという。理由として私は水の滲みこみを考えたが、ここは暑いところなので、動物がアスファルトやコンクリートでやけどをしないように、という配慮もあるのだそうだ。
アンボセリに近づくにしたがって、大きな木も見られるようになった。木にはハタオリドリの巣が鈴なりにぶら下がっている。
アオノリュウゼツランの花が何本も高くのび、うす黄色い花をつけている。リュウゼツランの仲間もいろいろあるが、一番ポピュラーなのがギザギザ葉っぱのこのアオノリュウゼツラン。小田原・早川の道沿いに咲いていたので、おなじみの姿だが、こんなにあるのはお目にかかっていない。ケニアの特産物にサイザル麻がある。サイザル麻はこのリュウゼツランの繊維でつくる。ついでにメキシコではリュウゼツランでお酒をつくる。テキーラがそうだ。
アンボセリ公園入口でチェックを受け、広い広いサバンナを通って、キリマンジェロの方に向かい、昼近く、アンボセリ・セレナ・ロッジに到着。ホテルの前をバブーン(ヒヒ)の群れが平然と横切っていく。フロントでチェックインしていると、ウェルカムドリンクが出た。でもね、口をゆすいでからもらいたいなぁ。なんせホコリだらけの道を走ってきたんだから。
ロッジの通路は木造、左手にレストラン、テラスは喫茶室、外に出て客室へ行く。途中、サバンナが見渡せ、動物たちの姿が見える。近くには水場がある。サバンナ モンキーがやたらと歩いている。サバンナ モンキーは全身銀色の毛だが顔だけが黒い。長い尾っぽ。目を引くのはオスの睾丸が美しい青い色をしていることだ。
木に囲まれたロッジは平屋の赤い土を連想させる、いく棟か軒を連ねたつくり。部屋は広くはないが、ベッドが二つ。壁にはシマウマとマングースの絵が描いてある。洗面所にはバスタブもついている。うんうん、なかなかしゃれたロッジだ。ただ水は色つきでにおいがきつい。さっそくサンダルに履き替える。初めてサスコムで3本足を作ってさしこんだ。これに変圧器をつなぎ、さらに机の上のモバイルをつないだ。よし、出来た。次は買ったばかりの電動歯ブラシ。洗面所はヨーロッパタイプのCだ。そのまま差し込んでOK。備えつきの電化製品としては電気蚊取器がある。蚊はいるんだろうか。でも蚊の姿は見えなかった。
12時すぎ食事に行く。No Smokingというと、下側のレストランに案内された。窓際がいいと席をつくってもらう。No.88、その席が滞在中の私たちの席になる。私は窓側。ガラスのすぐ向こうからサバンナモンキーがじっとこちらをみている。サバンナ モンキーの姿はかわいい。これは子どもかも。パンをやりたいところだが、立て札に「餌をあげないでください」と書いてある。
バイキング形式。ロングウェイだといいながら、料理を取りに行く。料理の品数は多い。用心してサラダは取らずに、ケニアの主食ウガリとスクマをまずは試食。ウガリはとうもろこしの粉を蒸した、白い蒸しパンのようなもの。味に個性はない。主食だからこれでいいんだろう。スクマはホウレンソウにボディビルさせたような感じの野菜。炒めてあるが塩コショウもきつくない。ちょっと物足りなくて醤油をかけた。これとウガリといっしょに食べる。ついでに取ってきたチキンやソースをかけて食べるとなお美味しかった。チキンは美味しいと聞いてきたが確かに美味しい。他の人たちは魚を食べている。テラピアだそうだ。ビクトリア湖のものだとか。ここも果物は豊富。マンゴー、パイナップル、スイカ、パッションフルーツ、メロンetc.と種類も豊富。これはご機嫌。
テラスでお茶はいつでも自由に飲める。マサイの若者がカンガ姿でロッジ内にいる。どうもサルを追っ払っているようだ。ところがサルもさるもの、大きなパンを盗んで逃げた。追いかけるマサイ。サルがパンを放り出して屋根へ。ときおり下をのぞく。マサイがいると顔を引っ込める。「サルの勝ち!」と私がはやしている。結局そのパンはサルに与えられた。
オバサンたちがマサイに写真を撮らせて、という。伝統衣装にタイヤでつくったゴムぞうりをはいている。撮影はOKだが、モデル料を一人1ドルずつ請求されている。うふ、モデル料を払って撮るなら、場所を選んだ方がいいね。
4時からゲームドライブ。私たちは乗ってきた専用車に4人だけ。ガイドもドライバーのダンカンさんが勤める。ほかの車も4時にはみんなそろって出かける。夕方にならないと暑さを避けて茂みにいる動物たちが出てこないからだ。ルーフがあげられ、天井のついた展望車になっていて、立ってそこから外を見る。サファリは車から降りることが禁じられている。4人だから、どの方向も自由が利く。余裕だ。これはいい。この車でのゲームドライブは6人までと言っていたが、6人ではきついかも。
広い広いサバンナ、ドライバーの勘と、無線で情報交換をしながら車はそれぞれサバンナに散っていく。まず会ったのは1頭の大きな象。これはオス。象は普通、オスは単独で暮らしている。サバンナは広い、が動物はたくさんいる。
初めは何を見ても喜ぶから、ダンカンさんもそれを心得ていて、ゆっくり楽しませてくれる。トムソンガゼルとグラントガゼルの見分け方、さらにキリンガゼル、インパラとの違いなんて丁寧に説明してくれる。ほどなくみんなも覚えて、判断できるようになった。
それにしてもダンカンさんの目のよさには感心する。視力は測ったことがないから知らないというが、私たちが双眼鏡で見て判別するのを、彼は肉眼で判別してしまう。私も目はいい方だったが、とてもとても足元にも及ばない。そこで「双眼鏡」とあだ名をつけた。小さな鳥の判別にはさすがの彼も双眼鏡をかけた。
双眼鏡が双眼鏡をかけたら何になるんだろう?
マサイキリン、象の群れ、ライオンの親子、トムソンガゼル、グラントガゼル、キリンガゼル、インパラ、ブチハイエナ、シマウマ、ヌー、ジャッカル、野鳥もたくさん見た。ヌーの数は多い。
まだ移動前らしく、おとなしく草を食んでいる。
草原にヌーが1頭ずつ座っている。これはオス。縄張りを守っているのだそうだ。
象の群れにはたくさん出あった。比較的大きな群れが多い。メスたちは子象を真中にはさんで守りながら歩いている。水場近くでは、草の上に横になって、寝てしまっている子象もみかけた。
象のまわりにはアマサギがついている。象が歩くとき、飛び出す虫をとるのだそうだ。
叢にはライオンの親子。メスが時折顔を出すが、全身をだしてはくれない。
「お〜い、遠来の客にもうちっとサービス精神を発揮しなさいよ〜」
ダンカンさんが「ライオンには日本語は通じない」と笑ったけど、
近くの草むらから子ライオンが顔を出した。
「ほら、通じたじゃぁ〜。」
草の中に、子ライオンが3頭いる。
キリンや象やヌーたちに会い、ご機嫌でホテルに帰る。
夕日が草原を染めている。だけど、夕日が落ちる様子は雲が邪魔をした。ホテルに着くや、風呂に入り洗濯をし、夕食を食べ、売店で鳥の図鑑と絵葉書と日本までの切手(1枚90シリング)10枚ずつ買い、便りを書こうと思ったが、何もせずに寝てしまった。
欧州旅行?スペイン-1(by jamillaさん)
*** 1日目 *** (2003年6月30日)
TUNIS AIRで、チュニジア8:35発→スペイン(バルセロナ)11:20着(-1h)。
知り合いのスペイン人Aさんの家に向かう。
空港から市内まで、バスで3.45euro(約\\\\\\\\\\\\\\\\480)
Aさんの家はカタルーニャ音楽堂の近所なので、観光するには
非常に便利な場所なのでラッキーでした♪
そして再会もまもなく近所のお店にランチをしに行く。
ホウレンソウを炒めただけのシンプルなものがすごくおいしかった!
それからとりあえず近所をブラブラして1日は終わりました。
肝心のカタルーニャ音楽堂は改装中らしく入場見学できず、
外観のみ眺めるだけでした。
クロアチア旅行-2(by 寅さん)
このドブロヴニクですが、旧市街がユネスコの世界遺産に登録されています。ただし、ここはボスニアとの国境に極めて近かったためボスニア紛争当時は戦火に会ってます。昔はユーゴスラビアでひとつの国でしたが、それぞれの民族が独立し、その過程での紛争・戦火です。
今では復興し、多くの観光客が押し寄せています。そんな訳で旧市街の料金は観光客用です。このクロアチアでレストランを見て、雰囲気が良く空いていたら高いです。ちょうど初日が雨で寒く、雨宿りと昼食ということでレストランを探したのですが、どこも一杯でした。ふと見ると空いている小さなレストランがありました。寒し、お腹は空いているしでそこに入りビールを飲み昼食(魚料理)にしました。これがなんと法外な料金なのです。200クナ、4000円です。これは高い!初日の雨と空腹、いたしかたなしです。
民宿はバスターミナルの近くでしたのでピレ門の所からバスに乗り10分ほどで近くのバス亭に到着です。なお、バスチケットは1時間有効でバスの中で買うと200円、キオスクで買うと160円です。
キオスクはちゃんと英語が通じるし、バス亭にいたおばさんに行き先を聞いても親切に教えてもらえました。民宿のにーちゃんといい地元の人は良かったです。
さて、問題は夕食です。民宿の近くを歩いているとまた小さいレストランがありました。4つほどのテーブル(4人がけ)で、2つは埋まってました。普通は1人は歓迎されないのですが、まだ観光時期の前で空いていたこともあり、OKでした。
今度はスープと肉料理にしました。ご主人がウエターで奥さんが料理人です。それとクロアチアといえばワインです。赤ワインをグラス(200cc)で頼みました。ワインはグラス売りの100CC、200CC(これが普通)と500CC(デカンタ)、ボトルです。きちんとメニューに料金表示がされています。このワインが美味しい!
肉は薄い牛肉ステーキですが、付け合せがホウレンソウとゆでジャガイモを混ぜたもので、この付け合せが良い。ダルマチア風とのこと。空いていることもあり、料理とワインが美味しいこともあり、すっかり酔いご機嫌状態です。
さてここで会計です。100コナ2000円でした。そうだろう、これが普通だよ!やはり、観光地から離れると良い。混んでいるとこうはいかないが、一人でもゆったり食事ができるのがクロアチアです。