チンゲンサイとは?
タイサイ
生物の分類 分類
界: 植物界 Plantae
門: 被子植物門 モクレン門 Magnoliophyta
綱: 双子葉植物 モクレン綱 Magnoliopsida
亜綱: ディレニア亜綱 Dilleniidae
目: フウチョウソウ目 Brassicales
科: アブラナ科 Brassicaceae
属: アブラナ属 ”Brassica”
種: タイサイ ”rapa” var. ”chinensis”
学名
”Brassica rapa” var. ”chinensis”
和名
タイサイ
チンゲンサイ(青梗菜、英:Qing geng cai、学名:”Brassica chinensis”)は、アブラナ科の野菜。中国野菜の中でもポピュラーなもののひとつで、現在ではほぼ身近な野菜のひとつとなっている。和名はタイサイ(体菜)。白軸のものはパクチョイ(白菜)の別称もある。原産地は中華人民共和国 中国華南地方。
チンゲンサイの詳細
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チンゲンサイ
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チンゲンサイ画像
チンゲンサイ旅行記
台湾旅行記1(9):12月14日(1)台北・地下街、龍山寺(by 旅人のくまさんさん)
<2001年12月14日(金)>
<再び故宮博物院へ>
『故宮博物院へはヒルトンホテルの前からバスが出ていますよ』
と、昨日、呉さんからお聞きしていましたので、必死に探しましたが、結局見付かりませんでした。
『直通のバスは無く、途中乗換えが必要』
が正解だったようです。北方面へのバス乗り場を探して、台北駅の北側や東西方麺も探しましたので、結局1時間ほどが無駄になりました。しかし、その分、台北駅周辺の状況や、地下街の構造等が体験できて、これも一人旅の面白さではないかと自分なりに納得しました。
直通バスが無い事が確実でしたので、タクシーを拾う事にしました。呉さんからは、
『駅で停まっているタクシーに乗るのは止めた方がいいです。市内見物させられて、ぼられる事が多いですよ』
と、忠告されていましたので、駅から少し離れた場所で、流しを探しました。探すまでも無く、直ぐに黄色いタクシーがやってきました。とにかく、有り余るほどのタクシーの数です。ガイドブックの地図を見せて、頼みましたら、直ぐに行き先の故宮博物院を理解してくれました。
昨日マイクロバスで行ったところですから、方角や距離感がありました。心配なく乗ることが出来ました。
<写真撮影>
昨日、呉さんに撮影の可否を事前確認したところ、
『展示室ごとに撮影を含めて禁止事項が決められ、表示してあります』
と言うことでした。更に、
『フラッシュを焚かなければ、焼物類はほとんど撮影OKです』
とも付け加えてくれました。昨日も写真を撮りましたが、他のグループと一緒で、思うに任せませんでしたから、今日は十分に時間を割くことにしました。
実は昨日の夜、龍山寺付近の込み入った路地を歩いている内に、日本から持ってきた充電済みの電池を無くして仕舞いました。それで、呉さん達と免税店で別れた後、直ぐにデパートに行って乾電池を探しました。コンビニで買った1.5V電池の調子が良くなく、撮影トラブルになっていました。日本で買った1.5V電池での動作確認はしていましたが、同じ1.5V表示なのにうまく動作しませんでした。
それで、次はデパートのデジカメ売り場に行って、1.2Vの充電式電池を探しました。その結果は、充電器付きでなければ、単体では売っていない事が分りました。
今度は、デパートの1.5V乾電池で動作確認をしてみましたが、矢張り同じように動作不良になりました。ところが、店先でテスト用に置いてあった、少し使った乾電池を借りて確認したところ、うまく撮影できる事が出来ました。売り場の若い店員さんに
『私の新しい電池をあげますから、その旧い電池をください』
と、ボディランゲージで伝えました。店員さんは直ぐに理解して、
『店のほうも新しい電池が貰えて、儲かりました』
と言った風の仕草で、笑顔を見せてくれました。日本のデジカメの店では、
『このデジカメの電池規格は1.2V*2本ですが、1.5V*2本でも支障なく使えます。ただし、電圧が高い分ロスが増えて、電池寿命は短くなります』
と、緊急の場合の対処法を教えて貰っていました。実際に何回か経験していましたので、安心していました。しかし、今回は乾電池が使えなかったのには困ってしまいました。
『微妙な規格の違いで、電圧が少し台湾製品の方が高いのでは?』
と、推測してみました。そうすれば、旧い電池の方でうまく動作した理由も納得がいきます。この後、放電した電池と、新しい電池の組合せで、だまし、だまし撮影を続けることが出来ました。
<白タク>
最寄りの地下鉄駅、士林に出るためバス停で待っていましたら、日本語の達者な年配の人がやって来て
『何処まで行きますか?私も帰るところですから、安くお送りしますよ』
と、話し掛けてきました。最初は、
『バスに乗ってみたいので、いいですよ』
と断りましたが、中々、バスはやって来ませんでした。そのままバスを待っていますと、もう一度先程の人がやってきたので、士林駅まで送ってもらう事にしました。車のところに行ってみたら、正規のタクシーではなく、個人車でした。少し拙いかなと思いましたが、
『故宮博物院の店に毎日お茶を納めにきています。その帰りです』
と言うことなので、乗せてもらうことにしました。彼の目的は、自分の店に立ち寄って、お土産のお茶を買って貰うことだった訳です。車内で店の写真やら、日本人客からのお礼の葉書などを見せて勧められましたが、
『駅の直ぐ近くですから』
との誘いに乗らず、直接駅まで行って貰いました。
『今回は、既に昨日お茶の買い物を済ませたので、次に来た時に立ち寄るかも知れません』
と言って、名刺だけを頂戴しておきました。悪い人ではありませんでした。車の中で、お茶に関するいろんなことを教えて貰いました。昨日、専門店で聞いた話と共通した事が多くありました。
『春摘みのお茶でなくてはいけません』
『いいお茶は12回から14回くらいは出すことが出来ます』
『安いお茶は秋等に摘んだもので、香りも悪く、何回も出せません』
『美味しいお茶は実際に飲んでみないと分りません』
などでした。結局、タクシー代の半額くらいの金を払って別れました。
<昼食>
昼食は、初日の店にもう一度立ち寄りました。ホテルから近く、間違えずに直ぐに探せると思いましたが、一日、間を置いたので、少し間違えてしまいました。とにかく、この2日半、色んなところを回りましたので、記憶がごちゃ混ぜになったところもあります。
昨日はお値打ちチャーシュー麺でしたが、今日は少し高めの品を頼みました。矢張り、麺ですが、野菜が色々と入っていました。それにチンゲンサイの炒め物がつき、飲み物はコーラが付きました。コーラはレジでインスタントカップをくれますので、セルフサービスで注ぐことになります。カップは貰ったものの、お茶の方が良かったので、このカップは使わずじまいでした。
ビールが置いてあるかどうかは、分りませんでしたが、飲んでいる人はいませんでした。若い人が多いため、飲む人がいないためかも知れませんでした。それで、我慢できたし、ビールを飲みたくなる雰囲気ではありませんでした。これは、店の悪口ではなく、食事だけで十分と言う意味です。
<賽銭の要らないお寺>
初日の夜、昨日の昼と夜と龍山寺を見学しましたが、今日は写真撮影を主目的にもう一度訪れるここにしました。今回の旅を通じて、龍山寺と華西街夜市に入りびたりになってしまった感があります。
呉さんにお聞きした龍山寺のことで少し書き残した事がありますので追記しておきます。『賽銭の要らないお寺』の事です。勿論、龍山寺のことです。呉さんは
『日本のように養銭箱が置いてありますが、入れる必要はありません』
と、教えてくれました。そう言えば、初日、小銭を入れましたが、ほかに賽銭箱にお金を入れる地元の人は見かけませんでした。その理由は、一言で言えば
『このお寺はお金持ちです』
と、言った理由でした。合格祈願の人達からの、祈願成就お礼などの寄付で、十分に必要な金が集まっているようです。入口の横にたくさんの書籍が並べてあり、無料で配っている謎も、これで氷解しました。
<士林夜市>
昼間、故宮博物院の帰りに駅に立ち寄りましたが、夜市を見学に出かけました。地下鉄で士林まで北上し、駅からは歩いて夜市の場所を探しました。
人の流れについて、線路に沿って南下し、その後は西へ曲がると、夜市らしい場所に出ました。小さな屋台が主体で、大勢の人出があり、活気を見せていました。買い物の予定もありませんでしたし、夜はもう一度、華西街夜市の方に出かける予定でしたから、写真だけ撮って、1時間足らずで士林夜市見学は終いにしました。
<3日目の華西街夜市>
2日間通った角の店に立ち寄りましたが、時間が遅かったためか、満席で、あいている席はありませんでした。店を覗いた時、女将さんが席を探す仕草をしてくれましたが、席が空いていないことをこちらが承知していましたので、直ぐに諦めました。女将さんは、申し訳なさそうにお辞儀をしてくれましたが、いい店が混んでいるのは致し方ありません。
次に探したのは、日本酒が飲める店でした。こちらも最初の店から余り離れていない商店街の角の店です。ショーケースに刺身が並べてありましたが、マグロとイカが主体でしたから、別の品を注文しました。
日本酒が置いてあるだけに、注文は日本語で出来ました。ビールと日本酒を銚子で2本飲みましたが、昨日までの店より少し高くつきました。何処の国に行っても、『日式』『日本食』『寿司』などの看板があったら、高いのが相場と考えた方がよさそうです。
しかし、高いといっても2千円弱に対し、3千円といったところです。日本酒が燗冷ましだったり、薄めたものではなかったですから、それだけで十分でした。
<呉さんからの連絡>
夜遅く、呉さんからの電話がありました。
『昨日は、12時半頃にホテルに迎えに行きますと、約束していましたが、13時半に変更します』
とのことでした。予測していた事であり、その方がこちらも都合がいいので、直ぐに了解しました。
『夕方に何度も電話をしましたが、繋がりませんでした』
とも電話口でお聞きしましたが、こちらは時間を惜しんで、あちこち飛び回っていましたので、呉さんに悪い事をしてしまいました。
『明日は、もう1つホテルを回ってから、飛行場に行きますので、よろしくお願いします』
とも話がありました。2日前に故宮博物院の見学をした人達ではないようでした。母娘の二人連れの方は、昨日の話ですと、
『私達は、1日早く13日に日本へ戻ります。もう一日見学したかったけど、残念です』
とお聞きしていました。呉さんが台湾の社会人でも可能な、ワーキング・ホリデーを勧めていましたが、娘さんは中国語を勉強中の25歳だと自己紹介していました。
地下鉄台北駅で
地下鉄の長き階段上りたり大理の石に囲まれし中
台湾旅行記1(2):12月12日(1)名古屋出発、台北へ(by 旅人のくまさんさん)
<2001年12月12日(水)>
<名古屋出発>
名古屋空港のカウンターに7時30分集合、9時30分出発と言う、早い時間のフライトでした。飛行予定時間は、2時間と20分なので午前中には台北空港に到着できる計算です。午後は十分に観光を楽しめるスケジュールが組めました。
このところ、金属探知機での出国検査で、無事に1階で通過できたためしがありません。一番チェックされやすいバンドのバックルをはずしてもそうです。今回もその例に漏れませんでした。
かなり細かいボディチェックを受けましたが、いつもの事ながら、よく理由がわかりません。腕時計、シャープペンシル、財布なども全部籠に入れて、金属探知機を通っても駄目です。最近は1回で通過できるのを諦めています。日本国内でのことですから、女性の係官に『いつもそうですが、おかしいですね』と話しながら、無事出国審査を終えました。
<中々の機内食>
中々の機内食と言っても、実は食べ物の方ではありません。小さなフランスワインのボトルが、赤、白ともに用意されていたからです。缶ビールの後に、白ワインの方を頼みました。銘柄はソービニヨンブランで、辛口の方でした。多分、ボルドー産でしょう。
食事の方は、鶏とシーフードが用意されていましたので、シーフードにしました。うな丼でした。名古屋空港のレストランで朝食を済ませていましたので、まだ、お腹がすく時間ではありません。うな丼の鰻だけに箸をつけました。
それと、テロ事件の影響がまだ強く残っているようでした。機内はがらがらでした。3割の乗車率に達しているかどうかの空き具合でした。横に3名ずつ座れる席が、横並びに3つあり、合計9人が座る事ができます。その真ん中の列には人影が無く、窓際だけに人が座っていました。
私の席も同様で、その分、広々とくつろげたのは、ありがたいことでした。とは言っても、航空会社にとっては、大変な痛手でしょうから、同情の限りです。
<台北到着>
途中、揺れも無く、ほぼ予定の時間に台北空港に着きました。21年前の旅行の時は、松山空港なので、台北市の中心街に近いところでした。現在でも国内線空港として使われているようです。今回も松山空港に、ビルを掠めるように降り立つ大きな機体を見た時には、思わず、アメリカでのテロ事件を連想してしまいました。
今の国際空港は、台北の北約60kmに位置し、市内までは車で1時間程かかります。地域は桃園と呼ばれる方面であり、中正国際空港の名前が付けられています。中正は、蒋介石総統の名前、号です。そう言えば、世界には個人の名前を冠した国際空港が多くあります。アメリカのケネディ、フランスのド・ゴール、イタリアのレオナルド・ダ・ピンチ等々である。日本には、その例は無いようです。
また、台北市内には衛兵が護っている広大な中正紀念堂もあります。第二次世界大戦の頃、中国大陸での国民党を率いて国共合作を画して、旧日本軍と戦った歴史的事件と併せ、台湾での戦後も歴史のページに多くを残しています。
<ガイドの呉さん>
現地で迎えてくれたのは、ガイドの呉さんでした。
『日本の囲碁で有名な『呉清源さん』と同じ呉さんですね?』
と、聞き返しましたら、
『そのとおりです』
と、流暢な日本語の応えが返ってきました。後でお聞きした話ですが、
『2年間、東京の大学に留学していました』
と、言われましたから、日本語が達者なはずです。もともと、奥さんも数学の教師で、奥さんの方は今も現役だそうです。お互いに年齢を確認しあったら、日本の年号で
『昭和24年生れです』
との答えでした。『1949年生れ」ではなく、昭和で答えられたのには驚きました。
呉さんが日本のことに詳しいことは、その大きな理由がもう1つありました。
『自分の父は、日本語教育を受けました。父と母は日本語で会話しており、いまでも家では日本語です』
と答えられ、少し複雑な気持になりました。台湾総督府時代の日本占領政策が、こんな形で残っていました。この呉さん、駄洒落が大好きで、まじめに聞いていると、思わない『落ち』があり、笑い声が絶えませんでした。
呉さんに案内して貰ったのは、台北に着いた12日が、私を含めて3名、次の日がもう一人増えて3名でした。母娘の1組と、一人旅の女性の方でした。それぞれに宿泊するホテルは違っていました。多分、日本で別々のツアーに申し込んであったためでしょう。
<台北ヒルトンホテル>
立ち寄りたくはありませんでしたが、両替と言う名目で、免税店に立ち寄りました。実は、既に空港の銀行で両替を済ませていましたので、両替は必要ありませんでした。しかし、ツアーであれば、ガイドさんの義務のようなものですから、お付き合いする事はやむを得ません。
そんな事で、台北駅前の台北ヒルトンに着いたのは、午後2時を大分回っていました。チェックインは呉さんが手伝ってくれ、セーフティボックスの場所も教えてくれました。早速、パスポート、帰りの航空チケットと、予備の財布に、万が−の時のお金を入れて、預けておきました。
呉さんが、明日、8時25分に迎えにきてくれるということなので、ついでに翌朝7時のモーニングコールも頼んで貰いました。
部屋は16階の16号室と覚えやすい番号でした。十分な広さと、清潔な部屋に満足しました。1泊9千円の1人部屋の差額を払いましたので、これで設備が悪ければ、怒れるところです。
<最初の昼食>
部屋に荷物を置いた後は、着替えもせずに直ぐに街に出ました。といっても、ホテルが街中にありますので、ホテルの外に出ただけのことです。ホテルの北側は台北駅で、広い道路を渡るのが大変なので、自然と南側に向かいました。
中途半端な時間に機内食を食べたせいか、かなり空腹感が出てきましたので、早速昼飯の店を探しました。ホテルの南側一帯には、進学塾が林立していて、学生の町となっていました。そのためでしょう、大衆店が多く、そのうちの1つに入りました。看板に『お値打ち49元チヤーシュー麺』があったからです。日本円に換算すれば、180円程度であり、カップヌードルクラスの値段です。
カウンターでは若い人がレジをやっていました。その人が、『先に食券を買ってください』と言ったように話されましたので、100元を出して食券を買いました。お釣りの51元を貰いました。当たり前ですが、看板どおりの49元でした。
麺は太麺で、腰はしっかりしていました。スープの隠し味は中々のものでした。テーブル毎に備えてあった薬味を入れましたら、更にコクが出ました。チャーシューの量は多くないものの、中々旨い味がありました。余分な油分を落として、スープとよく合いました。少しスパイスが効いているのもグッドでした。
昼食には遅い時間でしたが、私の後にも何人か店に入ってきました。女性、男性とも若い人達でした。やはりこの一帯は、学生さんの町のようです。気に入りましたので、昼にもう−度、この店を使いました。
<龍山寺へ>
龍山寺へは、この日を含めて4度行きました。同じ日の昼と夜にも行きましたので、正確には5回になったかも知れません。ホテルからそんなに離れていないこともありますが、台湾随一の名刹に、飽きないものを覚えたからです。
初めて地下鉄に乗ったのも、このお寺へ行くのが目的でした。そう言えば、21年前にはまだ建設されていませんでした。呉さんの話によれば、17年程前に最初の路線が開通したようです。台北市内の交通状態がひどく、これの解消に役立てようとの計画だったようです。
龍山寺駅までは、地下鉄乗換えなしです。料金も日本円に換算すれば、100円以下です。初乗り料金分だけですと、20元ですから、70円見当です。安いし、便利なので、この旅行では随分とお世話になりました。
最初の時は、地下鉄駅を降りて龍山寺への道を間違えてしまいました。駅名がお寺と同じ名前でしたから、降りてしまえば、すぐに分ると、タカを括っていたからです。たいしたトラブルではありませんでしたが、道を間違えたおかげで、面白い街の一角を見学できたのは、怪我の功名でした。
その面白い一角は、しっかりと写真に残しておきました。交差点を取り囲んで、建物の2階部分を含めて、回廊でぐるりと回ることが出来るようになっていました。新しい建物ではなく、相当に年月が経っている事に興味を覚えました。
最近では、空中回廊、空中遊歩道などが日本各地にできていますが、原型のようで面白い光景でした。また、その旧い建物の裏側に回りましたら、小さな祠がありました。そこでは、ゲームか賭博みたいなものを楽しんでいる地元のご年配が屯されていました。ほんの少し、台湾の下町の日常生活を垣間見た思いがしました。
<華西街夜市>
ガイドブックで、龍山寺の近くに華西街夜市が立っているというので、龍山寺の見学の帰りに探してみる事にしました。
華西街夜市を探す前に、龍山寺の周囲の小さな商店街を見学しました。これも夜市の一部かと思われる人出でした。食べ物の店が多くありましたが、土産物の店もありました。店構えだけでなく、屋台や駅の近くでは仮工事の小さなアーケードの店もありました。人だかりがしている間口の狭い店を覗きましたら、物々交換をやっているようでした。小さな商品が次々と出され、仲介人と思しき人が、マイクを使って取り仕切っていました。ほんの一寸覗いただけですが、中々面白い場面でした。
龍山寺の周囲の店を丁寧に回っていましたら、夜市、晩酌にも適当な時間となりました。それで、今度は華西街夜市が開かれている場所を探しました。その場所は、探さなくても済む至近の距離にありました。
『華西街観光夜市』の看板が掛かったアーケード内には、中々洒落た服飾、アクササリーの店や、台湾独特の店もありました。店先の頑丈な檻の中ではイノシシが飼われていたり、ニシキヘビや黄色い蛇を飼っている店もありました。『毒蛇』の看板もありました。
ガイドブックにも載っていますが、蛇料理はショウが前菜です。大きなニシキヘビを体に巻きつけてみたり、二十日鼠を蛇が入った籠に入れて見せたりします。さすがに二十日鼠は入れるような素振りで、実際には入れませんでした。
黄色の2、3mほどの蛇は大人しいので、みんなに触らせていました。中には、逃げ出す人もいましたが、ほとんどの人が触っていました。胴体が人の腕ほどの大きさだったので、これもニシキヘビの1種かも知れません。綺麗な蛇でした。
奥の席には蛇料理を楽しむ人が結構入っていました。料理に出される蛇は、勿論大きなニシキヘビや黄色の蛇ではなく、小さな黒色がかった地味な蛇のようでした。
<晩酌の店>
晩酌の店探しには、時間をかけました。候補の店を、2、3店見当を付けて、更に一回りしました。餃子の美味しそうな店でも、お酒が置いてなく、飲茶であったり、日本人目的の店は高そうだったり、といった難点がありました。
結局、落ち着いた店は、10人も入れば満杯になりそうな通りの角の小さな店でした。地元の人が2組ほどと、食事だけのような人が何人か入っていましたが、二人がけの小さなテーブルがまだ空いていました。
私は中国語を解せず、店の人は日本語を全く解せないことが分かりましたので、店先のショーケースの現物を、指差しで注文しました。
エビ、イカ、チンゲンサイなど3種類を頼みました。『ビール』『ショウコウシュ』などは何となく通じました。紹興酒は蓋を開ける前に現物を持ってきて確認させてくれました。こちらの人は、暖めず、常温で飲むらしく、私もそれに倣いました。
料理は手早く出されました。油くどくなく、美味しい料理でした。畳もたっぷりでした。ゆっくりと料理を楽しみ、ビールと紹興酒1本で心地よく酔うことができました。日本円に換算して2千円弱でしたから、端数はチップで渡しました。日本では、紹興酒1本だけで2千円以上は請求されますので、矢張りこちらは安い値段です。
店の女将さんが愛想がいい人で、常連客が多いように思えました。翌日もこの店に立ち寄りました。
<ウェルカム画面>
初日から十分に観光、食事ともに満足できるすべり出しでした。ホテルに戻ってからは、仕上げに名古屋空港で買ってきた吟醸酒を少しだけ飲みました。おつまみは、無しです。
テレビ画面を点けた時に、少し驚きました。チャンネル選択前に、私のフルネームが入った『ウェルカム画面』Jが写されたからです。さすがの、洒落た演出です。この画面、翌日は消えていました。ヒルトンホテルだからのサービスか、ITの国、台湾だからのサービスかは、確かめようがありませんでした。
明日の朝が早いので、12時を回る前には就寝する事にしました。
龍山寺の近くの夜市で
心地よき酔を楽しむ冬の夜の言葉交せぬ路地の店先
酔ほどに異国の言葉心地よきリズムとなりて杯は進みぬ
指差て頼みし地酒紹興の赤きラベルは底を見せたり
小さな街、小さな旅:丹波篠山を訪ねて(by annakさん)
「山間の盆地に花開いた文化と食の町」という素敵なキャッチコピーに惹かれて丹波篠山。
就職して間もないころ、同級のMANABU君とふらっと行った武田尾温泉で食べた「牡丹鍋」んの味が忘れられず、そして大好きな黒豆と伝建に指定された素敵な町並みが見たくなり、ずいぶん久しぶりに訪れました。
前情報なしに立ち寄ったお食事処でご主人と話が弾み、帰りに自宅で収穫された大根と青梗菜(チンゲンサイ)を持って帰れと、厚い人とのお付き合いに旅の醍醐味を感じ、帰りに立ち寄った「立杭焼」で買った焼き物に女房殿大喜び、決して高いものではないのに・・・・
この三連休実は冬の京都に行く予定が、仕事が入り日帰りの篠山に変更でしたがいい旅ができました。
おはよう!西安(by 陝西虹陽国際旅行社日本旅行中心担当さん)
ここは、西安市民のパワーの源ーー野菜市場です。ますます寒くなるのに、いろいろな野菜があるね。トマト、ホウレンソウ、チンゲンサイ、ニラ、レンコン……食欲が誘われるように並んでいる。
ヨシ、今日の献立が…しゃぶしゃぶにしよう!
お洒落にアジア料理(by Huskyjazzさん)
昨夜久しぶりにウォーカーアートセンターにあるレストラン「20.21」で」食事。退職する同僚のお別れ会だったのですが、食事をしていて、ぱしっと膝を叩いた訳です。アジア料理でも、普通に中国料理やタイ料理、ベトナム料理の店に行く以外に、もっとファンキーな環境で楽しみたいなら「ここだ!」ってね。ぱしっ。
普段はやはりイート・ストリート(ニコレット・アベニューの26thストリートくらいまで)の広東料理や台湾料理、ベトナムのヌードル、マレーシア料理なんかの店へ気楽に食事に出かけるのだけれど、何かお洒落なムードでアジアン・テースト(お醤油の味というべきか?)を楽しみたいねという時、はたッと迷う。いつも行く店はほんと「食堂」って感じなんだよね。
それで、お薦めしたいのが、「20.21」だという訳。ここはウォルフガング・パックというメディアでも大人気のドイツ系シェフがプロデュースしたレストラン。ミネアポリスだけでなく他のアメリカのメインな空港に行くと、彼の名前のついた「エクスプレス」というカフェなどが目につきます。確か東京の汐留にも彼のレストランがあったんじゃないかな。
モダンアート美術館の中の本格的なレストランというのはマレ。でもそういうことから、内装や雰囲気は非常にファッショナブルです。窓だって普通の形にガラスがはまってないですから。
で、全くドイツ系とかそういうメニューがないのが、このレストラン。まず突き出しで必ず出てくるのが「四川風三度豆の辛炒め」(勝手に呼ぶけど)。小皿にもられてちょこっと出てくるんですけど、これがピリ辛でビールを注文したくなるぞ!そしてメニューといえば、ほとんどアジア風。タイ風のパットタイと呼ばれる焼きそば、餃子、鶏肉のそぼろのキャベツ包み、おまけに魚も中華風に丸ごとディープにフライして大皿で頭ごとどんと出てくる。だいたい、何人かでシェアするようになっている。チンゲンサイの炒め物や焼き飯もあるよ。
ここ数年アジア風の味付けはアメリカのニュー・キュイジーヌではもう当たり前になった感があるけど、こうまで「有りのまま」にアジア料理が出てくると、オープンキッチンのシェフ達がみーんな白人なのが不思議な感じ。
美味しきゃいいんですけどね。「本格的じゃないよ」と文句をいうアジアの方々もいると思うけど、ここは「お洒落に」お醤油味を食べるということですので。
因に日本酒もおいてます。ちょいとお高めですから、一人40ドル以上は見ておくこと。要予約。
www.walkerart.org