ネギとは?
生物の分類 分類
界: 植物界 Plantae
門: 被子植物門 Magnoliophyta
綱: 単子葉植物綱 Liliopsida
目: ユリ目 Liliales
科: ユリ科 Liliaceae
属: ネギ属 ”Allium”
種: ネギ ”fistulosum”
”Allium fistulosum
Scallion
ネギ(漢字では葱、ユリ科=APG植物分類体系ではネギ科=、学名”Allium fistulosum”)は、シボルとも呼ばれる芳香植物。
日本では、古くから味噌汁、冷奴、蕎麦、うどんなどの薬味として用いられる他、鍋料理に欠かせない食材のひとつ。
ネギの花は坊主頭を連想させるため「葱坊主」(ねぎぼうず)と呼ばれることがある。
関東では成長とともに土を盛上げ陽に当てないようにして作った、甘味の強い白葱(根深葱)が好まれ、関西では陽に当てて作った、辛味の強い青葱(葉葱)が好まれる。
ネギの詳細
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ネギ画像
ネギ旅行記
韓国紀行6(5):5月26日:ソウル・国立民族博物館、梨泰院(by 旅人のくまさんさん)
<1999年5月26日>
日付けが1ヵ月ほど飛んで、ここからは今年2回目のソウル旅行記です。
今回の旅行メンバーは、初めての韓国旅行の人が多いこともあって、ソウル市内を主に巡ることとしました。4月の旅行と違って、今回は大韓航空のため、2泊3日でも、フルに時間を活用できました。『行きは午前中の便で、帰りは夕方の便』と、最初から旅行社に注文を付けていましたので、自然とこうなりました。
週間天気予報によれば、雨に遭う確率が高いようでした。それで、この短い旅行でも傘の用意だけはしておきました。もっとも、1週間程度の旅行であれば、必ず傘は携行していますので、短い旅でも忘れることはありません。
いつもながら、旅立つ日の朝は何とも言えない気分になります。既に行ったことがある場所に、想像の中で自分を置いてみたり、知らない訪問地に思いを膨らませる事も、このひとときの楽しみです。
<名古屋空港で>
名古屋空港には約束の時間の30分ほど前に着きました。もう1本後の犬山行きの地下鉄に乗っても十分に間に合うことは分かっていましたが、早い電車にしました。時間に余裕を持って行動するに越したことはありません。
先月の旅行で、名古屋空港の新しい国際ターミナルは経験済みでしたので、迷うことはありません。余った時間でターミナルのあちこちを回ってみました。
シーズンオフに近いせいか、人は疎らでした。約束の時間の少し前に、3階のカウンターに顔を出しましたら、三々五々に人が集まり、やがて全員が揃いました。皆さんも早く来ていて、適当に時間をつぶしていたのかも知れません。
頼んだ旅行社の人にも、予定通り合流することができました。新しい国際線ターミナルは、ソファーなどの設備が少なく、旅行社の人とは、レストランで打合せをする事にしました。まだ若い男性の方でした。
その彼が、『飲み物は1杯ずつこちらでサービスします』と、言ってくれましたので、その言葉にすかさず乗って、ほとんど全員が生ビールを頼んでしまいました。彼には、少しだけ申し訳ない気持ちではありましたが。
さして打合せる項目はありませんでした。『ご連絡が遅れましたが、ここで、宅配便でのお土産を承ります』と言って、彼がカタログを全員に配ってくれました。酒類や、キムチなど、手荷物になっては大変なので、早速ワインとキムチを現金払いで申し込みました。
キムチは*寿司のお店のメンバーのIkさんに頼まれていましたので6パックを頼みました。ワインもボルドーワインがありましたので、紅白3本づつ、計6本を頼みました。締めて3万円余りでした。
他にもウイスキー(オールドパー)やアンドン焼酎がカタログにあったら頼むつもりでしたが、残念ながら、こちらは載っていませんでした。
とにかく、先にお土産を調達しておけば、帰りが気楽です。いつも、呑んだついでに色々と約束をしてしまいますので、取りあえずの義理は果たせそうです。
結構ほかのメンバーも頼んでいましたので、旅行社の彼は、予想外と言った感じでした。このメンバーには、生ビール1杯の効果が、絶大だったのかも知れません。
旅行企画は中*興業さんを通じて頼みました。それで、わざわざIt所長さん達が見送りに来てくれていました。手土産に図書券まで頂きました。所長からは旅立つ前にお話を聞いていましたので、予想はしていましたが、申し訳ないことでした。
後日、『国際線が新しくなってからは初めてなので、見学を兼ねてのことです』とのお話を聞き、少しほっとしました。お値打ちな旅行パックを、更にお安くして貰ったので、つい、そんな気持ちになりました。
<機内で>
ソウルまでは1時間半余りの旅なので、何かと忙しい機内です。格安旅行なので、日本からの出国カードから始まって、韓国への入国カード、検疫カードも全部自分たちで記入が必要です。
そこで、真っ先に記入して皆さんに回覧しました。これまでに、何度も記入したせいか、「MP22*****」と、自分のパスポートナンバーも暗記していました。
旅行メンバーには、万が一を考えて、『パスポートのコピーと、出来たら写真の予備をパスポートとは別に所持するように』と出発前の打合せで話して置きました。
どれだけの人が実行してくれたかは、分かりませんが、言った手前、自分だけはいつも用意しています。この準備が、幸い役に立ったことはないですが、『後悔先に立たず』です。
<到着>
キンポ空港には概ね順調に到着しました。天気予報通り、天候は余りすぐれませんでした。しかし、高度がある程度下がったところでは、海上の船や陸地も見晴らしが利きました。雨雲はそんなに低くありません。もし、雨に遭っても、大したことがなさそうな雲行きに思えました。
手荷物以外の荷物出しで、少し時間がかかりました。しかし、現地ガイドさんとは、トラブルもなく合流できました。ベテランクラスの女性ガイドさんでした。
このガイドさんの案内で、出迎えのマイクロバスに乗り込みました。バスの運転手さんは、まだ若い人でした。そのほかに、いつも笑顔を絶やさないベテランの付添人さんが居ました。私はカメラマンと直感しました。
<景福宮(キョンボックン)>
最初に案内して貰ったところが、ソウルの最後の都、景福宮でした。お決まりのコースです。今回のメンバーでは、初めての人も多く、止むを得ません。止むを得ないと言うより、必然、当然のお決まりのコースです。
私にとっても、先月の時は快晴だったので、今回は雨のキョンボックンを見学することができました。雨にぬれてしっとりとした風情の古(いにしえ)の都、宮城跡に、旅と歴史のロマンを感じることができました。
ベテランの付添人さんは、要所要所で『写真を撮りますから』と、カメラを向けてくれました。私も最初はお付き合いしていたが、後は適当にあしらいました。それにしても人の良さそうな方なので、余り冷たくするのは気が引けました。
小雨がぱらついたり、記念写真を撮るには、適した天候ではありませんでした。しかし、名所だけあって、こんな天気であっても、新婚さんカップルの記念撮影のシーンに何度か出合うことがありました。
花嫁さんの純白のドレスの下は、ズボンです。これまでの経験で、幾度か垣間見ることができました。この天候では、ドレスの裾が汚れないよう、たくし仕上げて撮影場所を移動します。それで、否応無しに目に留まります。それにしても、毎度の事ながら花婿さん献身に些か同情をしてしまいます。
<国立民族博物館>
国立民族博物館はキョンボックンに隣接しています。と言うより、昔の宮殿敷地の中に建てられているのかも知れません。以前は、国立博物館とセットで回ることができましたが、今はこれだけしか見学することができません。
国立博物館は、日本帝国時代、つまり韓国が日本統治下に置かれていた時の総督府として使われていた建物でした。このため、取り壊される運命になりました。建物は既に取り壊されていて、囲いの中では、キョンボックンの宮殿が元の位置に再興されているようでした。
この国立民族博物館は、他の類似施設と同じように、生徒や学生さん達の歴史や文化、それに民族教育の場所として活用されているようです。我々が見学中にも、先生に引率された大勢の子供達を見かけました。説明書きを熱心に写し取っている子供があちこちにいました。これは、戦争博物館等でも見かけた光景です。
展示の中では、先月旅行した水原(スウオン)城の模型、和冦に対峙した亀甲船、ハイテク弓矢等が印象に残りました。ハイテク弓矢とは私の勝手な造語です。連発式の移動弓矢発射機のことです。動力源を替えれば、そのまま機関銃かと思わせるメカニズムです。
ガイドさんが熱心に解説してくれましたので、概ねその後について回りました。旧石器時代から近代まで、発掘の品々と模型を見ながら歴史の勉強ができますので、私にとっては貴重な時間でした。
<昼食、ビビンバ>
2時頃に遅い食事を摂りました。観光地巡りや土産店巡りでお腹が空き、ガイドさんから
「食事はいいですか?」
と確認がありましたので、すかさず
「昼飯食べましょう」
と、答えました。ガイドさんの案内によれば、
「土産物店の近くに、ビビンバが美味しい店があります」
という。美味しかろうが、不味かろうが、ここはガイドさんに従う他はありません。その前の土産店にも付き合うしかありません。土産店は地下1階にあり、入り口には500万円クラスの瑪瑙の彫刻が飾ってありました。思わず、何度か桁数を確認しました。
一通りのお土産が揃っていて、ここでは、絵葉書2種類とマグネットバンドを6つ買いました。この磁気バンドは定価3千円を2個で3千円の特価販売中でした。先月の旅行では2千5百円か、安くて2千円でしたので、まとめ買いをしました。適当にプレゼントする品ですが、荷物にならないのがいい品です。
昼食の店は、本当に直ぐ近くでした。全員が揃っての昼食は1回キリなので、メッチュも沢山頼みました。全員がビビンバを注文し、それ以外に「ヘムルパージョン」を適当に頼みました。お好み焼きにネギと海産物が入った料理です。
「ヘ」は海で、「ムル」とは「物」です。これは4月の旅行で、Muさんに教えて貰いました。「ヘ」は、釜山のキムヘ(金海)空港の「海」の読みと同じです。ただし、キムヘは、パッチムでキメと発音します。
「ムル」は、「パンムルガン」(博物館)の「ムル」と同じだと納得して覚えました。「パンムルガン」は何年か前の旅行で、岡崎のTnさんに教えて貰ったことを覚えていました。
残念ながら、ビビンバもへムルパージョンもそれほど美味しくはありませんでした。しかし、ビールだけは喉が渇いていたので、本当に美味かった。
<ヨンドンホテル>
旅立つ前は、「ヨイド」にあるホテルと完全に勘違いしていました。「ヨイド」とは、いわゆる韓国の「マンハッタン島」です。マイクロバスの中で、ガイドさんに
「ヨイドのどの辺りのホテル?」
とお聞きした時
「ヨイドのホテルではありません、ヨンドンホテルです」
と言われて、初めて別の場所のホテルと言うことが分かりました。
それでもヨンドンホテルは、ハンガンの直ぐ南に位置した、便利な場所にありました。そのホテルの外観は、焦げ茶色の外壁の余り目立たないホテルでした。
どっちみち泊まるだけのホテルなので、ちゃんとしたベッドと風呂、それにセキュリティーさえしっかりしていれば十分です。何しろ格安旅行なので、贅沢は言えません。清潔なベッドと風呂、それに広さも十分でしたが、セキュリティーの方は「?」でした。
結果に問題はなかったものの、セーフティボックスに貴重品を預ける時に、立会せてはくれませんでした。鍵も若いフロントの女の子が、貴重品を入れた袋をカウンターに置いたままで、
「あとで鍵を掛けておきますから」
と言った態度でした。
「本当に鍵を掛けてくれるのかな?」
との思いが一瞬よぎり、
「預けなかった方が安全だったかな?」
と反省したくらいです。
ただし、ドアーウーマン(?)の若い女の子は親切で、働き者でした。重い荷物をせっせと運び、愛想も良かった。この子には、ホテルを去るときに少しチップを渡して置きました。
「チップは要りません」
と、辞退していましたが、最終日のチェックアウト後の荷物を預かって貰ったので、結局は受け取ってくれました。
<釜山カルビ>
折角の慰安会旅行なので、最初の夜は夕食を全員一緒に摂ることにしました。大多数の総意は『本場の焼き肉を食べたい!』でした。
ガイドさんが、バスの中で『焼き肉食べ放題で8千円、飲み代は別』と言って勧めてくれたお店がありました。ホテルへ着いてから場所を聞きますと、梨泰院の近くだと言います。
しかし、焼き肉の代金として、8千円はあまりに高過ぎます。
「そのカルビ店は、釜山カルビと梨泰院カルビの近くにあるの?」
と訪ねますと、店の名前は教えてくれず、
「この件では、降りました」
と返事されました。結論から言いますと、2倍ほど高い値段だったようです。こちらが相場を知っていましたので、ガイドさんは勧めるのを諦めたようです。
梨泰院までの道は混んでおり、3台に分乗した最後のタクシーが到着するまでは、10分以上も間がありました。どうやら、道を
間違えたようです。それでも、何とか全員が無事集合することができました。
釜山カルビは、先月の旅行の時も食事をしましたので、若い女性のウェイターさんは、よく覚えてくれていました。先回の時に帰り際に、精算のお金とは別にチップを渡して置いたので、そのせいかも知れません。
日本語もそこそこに話せる娘さんで、愛嬌が良かった。何より働き者で、注文の品をてきぱきと運んでくれました。美人タイプの人ではない(今回も失礼しました)ですが、性格の良さそうな娘さんでした。
一行の中のOさんは、何度か韓国旅行に来ているらしく、この店で早速ケジャンを頼もうという。私も大好物なので、異論は全くありません。
しかし、何しろ高いし、辛い料理に慣れない人には申し訳ないので、量を少な目に頼みました。全員一切れづつでしたが、やはり食べない人が居ましたので、2切れご相伴に預かりました。久しぶりに食べるケジャンの味に、大いに満足しました。
ところで、ケジャンとは、生の渡蟹を唐辛子味でつけ込んだ料理です。唐辛子味の中で、甘みのある生の蟹肉が何とも言えず美味しい。ぶつキリにした甲羅の横から吸い出すようにしてこの身を食べます。
材料の渡蟹は、ほとんど日本に輸出するので、韓国内ではいい蟹が手に入り難いと言います。値段が高くなったのも、品薄の影響かも知れません。10センチ程のパックに詰めたお土産品は、5千円ほどもします。
この店では、締めて1人当たり5千円程度でした。ケジャンを頼んだり、お酒も沢山飲みましたので、こんなところでしょうか。焼き肉食べ放題、飲み物別の8千円とは、較べようも無く安い値段でした。
<梨泰院散策>
食事の後は自由解散にしました。概ね2組に分かれました。我々の組は梨泰院を散策した後で、タクシーを拾ってヨンドンホテルに戻るというコースにしました。ホテルの近くにコンビニがあるのを確認していましたので、そこで今夜の宴会用のセットを買い込む計画にしました。
梨泰院は、夜遅くまでは賑わっていないようです。先月に来た時もそのように感じました。名古屋の地下街ほどではないですが、早く閉める店が多い。店を閉める準備をしながらも、土産品を勧めてくれますが、熱心ではありません。いつもの強引な客引きに較べると、些か拍子抜けです。
梨泰院の南西の外れには、公衆トイレがある事を知っていましたので、用事を済まして帰途につきました。帰りの道は混んでなく、時間も早く、タクシー料金も行きよりは大分安く上がりました。
<夜の小宴会>
夜の宴会は、ホテルの私達の部屋で行うことにしました。お酒とつまみは十分に用意しました。お酒は名古屋を発つときに手に入れたオールドパーと、先ほどコンビニで買ってきた缶ビールです。
缶ビールのことは「ケン・メッチュ」と言うことを、昨年11月の旅行で李先生に教えて貰いました。もとより、コンビニでは黙って差し出して、お金を払って、せいぜい『カムサハムニダ』と言うくらいで事が済みます。
つまみもコンビニで買ってきましたが、Igさんが日本から持ってきたつまみもあって、これで十分でした。一日の反省会と、明日の行動予定の打合せといった、夜の小宴会でした。
明日の予定は、戦争博物館、ロッテワールド、南大門などが候補に挙がりました。
翌日の待ち合わせ時間も一応決めて置きましたが、『起きられたら、フロントに集合して一緒に行動する』と言った具合で、些かファジーな約束でした。午前様になったので、明日は8時近くまで寝ることにして、解散しました。
名古屋空港へ向かう途中にて
道祖神我招きたる五月尽
朝立に風の涼しき薄暑哉
旅立や五月の季語を懐に
気儘旅忘れ物無し若葉萌ゆ
走り梅雨止むも止まぬも旅の朝
【旅行時期】1999/05/26~1999/05/28
【エリア】
ソウル
【テーマ】
【投稿者】
旅人のくまさん
2月11日『雄大な自然』(by kosuke-wさん)
川湯ホテルプラザの宿泊年齢層の高さから7時に目覚める…本当は此位が理想。昨夜のダイヤモンドダスト見物の際にサンピラーが見れるかも?とのことで足湯のある広場へ繰り出す。部屋から覗いた時は零下20度を叩き出していたが、俺が出ていった時は零下18度、まぁ寒いが予想よりは体感温度暖かし。
小一時間散策して宿に戻り、朝飯を食う。まぁ宿泊には無くても良いのだがついて5250円(温泉つき)なのだから食わなくても損しない。
湯豆腐とお粥があり、どちらも少し醤油を垂らして葱と生姜入れれば美味そうな為、それと味噌汁で十分。
チェックアウトしてバスまで小一時間、川湯の町を散策して凡その道は歩き倒してバスに乗る。バス停に6分遅れて到着したためかなりヒヨったが列車到着8分前に着いて安心。
今日の快速しれとこはキハ54-518単行、川湯に着いた時点で満席…後方運転台付近で立ち決定。それにしても大陸の方が多い。
釧網本線だと恐らく線路規格がそこまで高くはないだろうが、80キロ程度は出して快走する。だが、あまり快速でないぞ、停車駅(笑)(10:50)
清里町で単線行き違いの際、運転士が車外でヤニ吸ってたが良いのか?そして知床斜里に着きバスでオシンコシンの滝へ向かう。この季節凍ってるとの情報だったが普通に流れてた。けれど途中で水量が変わってたから日中のみ流れてるのか?
そして、路線バスが3時間なく車も疎らなことからオシンコシンの滝からウトロまで歩くことに…約90分。これで今日のメインイベントか?(笑)
んでもってウトロの道の駅で昼飯、知床も豚の産地のようで知床豚南蛮そばを食す。ネギも載り850円、魚の小物などもついたので割安感がある。
無駄にセイコーマートは2件あるのだがイレブンは準備中、その他は閑散としていた。一先ず荷物がクッソ重いためチェックイン。昨日も今日もかつて隆盛を放ったが今やひなびた…って典型だ(笑)
我集院達也のようなチンケなおっさんに率いられ部屋へ。また無駄に広い部屋で、俺は予約出来たから良いもののあれで一人部屋っておかしいぜ…
まだ16時になったばっかで部屋にいるのも激烈にもったいないので高台の散策と麓で飲食店の物色に。高台は温泉街でホテルが多くある。けれど麓との道は1本しかないためアクセスがあまりよくない。逆に言えば秘境っぽくて良いのもあるが。夕陽台に向かうも完全に曇ってて拝めず、致し方なく高台を巡った後麓へ。ガイドに載ってる飲食店が尽くない…マジで?らしき場所は倒壊寸前の家屋。ドーン…
んなわけで麓の飲食店がどれもこれも(開いて)ないため高台に戻る。入り口にある番屋は看板が綺麗だが店の入りはゼロ。そして潮風に向かうと片手以上の人がいるため入る。海鮮焼き物だけだと死んでしまうが色々あるため助かりました。最終的には店の椅子がすべて埋まり、座敷もテーブル満の大盛況。そんな感じなので近隣の人とも話が弾むしいい食事時間だった。
その後はオーロラ感動体験に趣、これでアラスカとかで見れたら最高だなぁと思いながら宿に戻る。
大きな看板 大きな カツ は茨城守谷市にある このお店(by 仕事旅さん)
このお店は 前面道路は小さい??のですが お店の看板とメニューや カツ はとにかく大きくボリュウム感があるのです。と言ってただ大きいカツと言うのではなく 味もしっかりとしていますが とにかく全体の量が多いので 空腹の方には 特にお勧めです。
先日食べましたが、ネギ塩とんかつもなかなかでした。 この傍に来たら 寄ってみたくなるお店ですが 表通りには面していないので 事前に場所を確認してから行きませんと まずたどり着きません 傍に 乙子 と言う交差点がありますので そこから車ですと1分程度です。
【旅行時期】2008/12/16~2008/12/16
【エリア】
取手・守谷
【テーマ】
出張
【投稿者】
仕事旅
バスクで食い倒れの旅!(by ちゃんこさん)
1月20日(火)
6時45分に宇都宮から一路成田空港へ。
成田から予定どおり12時40分初のAir Franceにて乗り継ぎ地のパリ経由
で一路ビルバオへ。22時頃ホテル着後早速Bar巡り開始!!
宿泊)ビルバオ Barcelo Narvion
Bar)「molinillo」イカのフライのタパス、アンチョビとツナのタパス
「Don Jamon」 ハモン・セラーノのプレート(山盛りパン付き)
1月21日(水)
午前中は薄陽が差し込む曇り空。午後になるにつれて雨雲襲来!時より
強い雨に打たれながらのビルバオ観光でした。
一休みにホテルに寄ったはずが、気がついたら23時・・・。
今日はホテルのBarにて一杯で締め・・・。
観光)ビスカヤ橋、「Athletic Bibao」のSan Mames Stadium、「Guggenheim
美術館」、「ビルバオ美術館」
Bar)「Flower」 スペイン版BLTサンド(ハモン入り)
1月22日(木)
朝から雨。ゲルニカへ40分のプチ「遠足」に出発。
前日にバスの発車場所を確認に行っておいたのでスムースにバスに乗車。
ビルバオへの帰路は疲れから、飲み過ぎか?急なおなかの激痛・・・。(死ぬ
かと思った・・・)夜は復活し、ビルバオ旧市街の方へBar散策。
観光)「ゲルニカ平和博物館」、「バスク議事堂」、ピカソの「ゲルニカ」のレ
プリカ、「バスク博物館」
Bar)「Etxarte」イカ、タコのフライ(ビネグレソース)のカナッペ
カニと卵のサラダ、エビのフライ&サーモン添え
茹でタコのオリーブオイル(パプリカ掛け)
「Berton」ツナ缶ビネグレソース
「Zuga」 バカラオのトマト煮込み
ヒルダ(オリーブ、青唐辛子、アンチョビピンチョ)
カマンベール、フォアグラのソテー(リンゴのソース)
「Bar Bilbao」ヒルダ(オリーブ、青唐辛子、アンチョビピンチョ)
椎茸のグリル、ハモン添え
「Don Jamon」「チーズ(不明/とても臭い)のカナッペ」
1月23日(金)
今日は予定を変更して「ビトリア」への遠足へ行く事に。
テレビではマドリード付近の大雪、バスク地方の大雨の映像が流れている。
(レポーターが何を言っているのか不明)ビルバオも朝から大雨・・・。(今
回の旅行は雨に多いにやられているな〜)しかもビトリアについてからも「ア
ルティウム」も「考古学博物館」も臨時休業、「フルニエトランプ博物館」も
さんざん歩き回ったが発見できず、やむを得ずビルバオにての「やけ酒」に。
観光)なし
Bar)「Artium」ハモン&目玉焼きのボカディージョ
トルティージャ(ベーコン、ハモン、パプリカのソテー添え)
「Sorginzulo」マッシュルームソテー、カニのマヨ和えのカナッペ
ツナのマヨ和えアンチョビのせのカナッペ
「zuga」カマンベール、フォアグラのソテー(リンゴのソース)
スモークサーモン(ビネグレソース)
クレマカタラーナ
「Saibigain」ハモンセラーノ(山盛りパン付き)
「Gvre Toki」バカラオのマリネのカナッペ
小イカの詰め物のグリエのカナッペ
豆とジャガイモのトマト煮込みのタコス巻(リンゴソース)
1月24日(土)
サンセバスチャンへの移動の日。昨晩は風が強くそこいら中で木が倒れてし
まっている。なんか町中が静か・・・。トラムを待つが全く来る気配がなし。
駅まで歩いてタクシーを拾う事にし、バスターミナルへ向かう事に。行く途
中トラムの架線が無惨にもなぎ倒されているのを見てトラム不通を納得・・・。
バスも動いているか不安。雨、風がすごい中なんとかサンセバスチャンへ
到着。海は大荒れ、風と時折の大雨の中Barへ(良く行くは・・・)
宿泊)サンセバスチャン Maria Cristina
観光)海、旧市街
Bar)「Messon Martis」茄子とパプリカの重ね焼き
チャングーロ(カニ)のタルト
うなぎの稚魚とアンチョビのカナッペ
トルティージャ(焼きたて!特大)
「Bartoro」カニのムースのカナッペ
?のパテ(魚介系?と青菜系?)のカナッペ
バカラオのフライ
アーティーチョークのマリネ(ビネグレソース)
カニクリームコロッケ
ヒルダ(オリーブ、青唐辛子、アンチョビピンチョ)
「Etxaniz」野菜のソテー?のカナッペ
牛の背肉とベーコンのピンチョ
「Jose Mari」ハムのパテ、スモークサーモン、ハモン、うなぎの稚魚
のカナッペ
キノコとカニのタルト
「Bergara」フォアグラのソテー(リンゴソース)のカナッペ
カニのムース(オニオンフライ)のカナッペ
アンチョビ、ポテトのムースのパイ
バカラオとパプリカのソテーのカナッペ
「Alona Berri」タコとポテトのアリオリソース
ウニのスープ
ポテト、フォアグラ、マッシュルームのミルフィーユ
(リンゴのソース、キャラメリゼ)
サバ?のソテーのミルフィーユ
(2006年タパスコンクールチャンピオン作品)
「Ezkura」ボイルポテト、茹で卵、アンチョビ、オリーブのピンチョ
スモークサーモン、アンチョビ、エビのピンチョ
(ビネグレソース)
1月25日(日)
朝焼けがキレイで、朝食中も晴れ間が覗いてたので海岸線をお散歩する事に。
毎日のタパスとワイン三昧でちょっと腹ごなしの意味も込めて・・・。
コンチャ海岸を「風の櫛」のオブジェまで歩く。(約1時間ほど)
ケーブルカーに乗って「Monte Iguerto」の山頂へ。そして大雨に・・・。
午後は水族館方面へお散歩。雨は続く・・・。
観光)コンチャ海岸散歩、「風の櫛」、「Monte Iguerto」の山頂、水族館、
旧市街
Bar)「Iturrios 2」ウニのオーブン焼き
アンチョビのカナッペ
ハモン、パプリカのカナッペ
カマンベールのプランチャのサラダ(バルサミコスース)
「Gambara」タコのマリネ
ハモンのクロケッタ
チャングーロのタルト
「Bernardo Extra」ハモンイベリコ(プレート)
「Munto」マッシュルームのプランチャのパイ詰め
チャングーロのタルト
「A Huego Negro」ほうれん草のサラダ
ハモン、ピメント、チーズのピンチョ
チャングーロ、アボガド、甘草のアイス
「Tamboril」アンチョビの天ぷら
バカラオのクロケッタ
「Borda Berri」モルシージャのトルティージャ
ソーセージのソテーのカナッペ
「Txukun」牛肉と唐辛子のフリット
カツオのエンパナディーリャ
1月26日(月)
サンセバスチャン最後の日。できる限りBarを回ろうと素敵な朝食を少しで
我慢して備える。相変わらず雨と風が強い。朝食後部屋から見える岸壁まで
散歩。さらわれそうなくらい波がすごい!!夕方Renfeにてバルセロナへ。
駅のそばのBarにてサンドイッチとワイン(ボトル!)を購入していざ!
6時間の列車の旅へ。着後偵察がてらホテル前のBarへ一杯!
宿泊)バルセロナ Sansi Diputacio
観光)岸壁、旧市街
Bar)「Zazpi」小イカのプランチャ(イカスミソース)
エビの春巻き揚げ
オリーブのマリネ
「Meltxor」バカラオのエンパナディーリャ
カツオのエンパナディーリャ
カニの身入りクリームパイ
「Pincho Ramuntxo」チョコレートムース
モルシージャのソテー(リンゴエスプーマソース)
「Bidea Berri」ハモンイベリコ
パタタス・ブラバス
1月27日(火)
バルセロナ1日目。なんとキレイな青空でしょ!スペインに来て始めてみた
青い空。それにしても人が多いな〜。Metroの2日券を購入。Metroの他、
バス、トラム、Renfe、FGCも乗り放題なのでかなりお得なチケットですよ。
(10.7€)サグラダファミリアはエレベータ休止のため入るのやめた。
ウクライナからの旅行者に道を聞かれて説明していると警察官に尋問され
る!!身分証明書とお金を出せといわれる。スリかと警戒したが、どうやら
本物らしかった。偽札と薬物関係のチェックをしているらしかったです。(汗)
夜はフラメンコショー「Los Tarantos」にて締め。店の前で割引チケットを
配ってるので6€のところ4€で見学!!
観光)カンプノウ(スタジアムツアー付き)、Casa Mila、Casa Batllo、
ランブラス通り、カテドラル、ピカソの壁画、旧市街
Bar)「Casa Gallega」ほうれん草サラダスペイン風
シーフードのパスタ
「4Gatos」チョコラーテ、セルベッサ(ピカソが通ってた喫茶店)
「Sukaldari」ムール貝のトマト煮
マッシュルームのワイン炒め
「Mikel Etxea」イワシのプランチャ
1月28日(水)
いよいよ食べ歩きの旅も最後の日程となりました。今日も快晴!
最初の目的地「Palc Guell」へ行くがなんと今日は休園!!なんでも安全面で
不備が有るとかで点検整備だと・・・。残念。気を取り直して昨日逃した
サグラダファミリアへ。今日はエレベータが動いているので最上階へ。
このエレベータは2つあって、手前のより奥にあるののが比較的空いている
見たいですよ。昼食は「Casa Calvet」にてちょっとセレブなランチ!ランチ
は割とお手頃価格のコースメニューですよ。午後はお土産調達と、タブラオ
「Cordobes」にてフラメンコショーにて締めです。33€でしたが(ミキトラ
ベルにて予約。日本語で対応してくれるのでラクチンです。)昨日のタブラオ
より見応えあるショーでした。
観光)Palc Guell、サグラダファミリア、ランブラス通り、旧市街
Bar)「El Xampanyet」 アンチョビ
ドライトマトのマリネ
「Irati」ヒルダ(オリーブ、青唐辛子、アンチョビピンチョ)
パプリカ、揚げネギ、ハモンのカナッペ
ポテトサラダ、アンチョビのカナッペ
シラス?のカナッペ
1月29日(木)
朝6時50分ホテルをチェックアウト。空港に行くシャトルバス「Aerobus」
のバス停を間違えていていたり、何を思ったのかお土産用のワインのボトル
を手荷物にしてしまい泣く泣く捨ててきたり・・・。ドタバタの帰国手続き
でしたが、アムステルダム経由で無事帰国できました。(ふ〜)
バルセロナの空港まではシャトルバスがカタルーニャ広場より大体10分置
きくらいに出ているので3.9€で大変お得で、便利です。
韓国紀行8(2):4月29日:名古屋国際空港出発、釜山へ、いつもの安宿(by 旅人のくまさんさん)
<2001年4月29日(日)>
<出発>
「家出」では誤解されましし、「旅立ち」では大袈裟過ぎます。それで、出発と中見出しを付けました。今日から4泊5日の小旅行、気まま旅の始まりです。
4月に始まるゴールデンウィークの頃には、もう燕が日本に渡ってきていて、急旋回・急降下で飛び回っています。この燕に見送られての旅の始まりです。芭蕉の「奥の細道」のように「鳥鳴き魚の目に涙」の旅の始まりではないものの、この時期、飛燕に旅の始まりを実感することが多くあります。
<西春での乗り換え>
地下鉄鶴舞線は全線開通し、北西は犬山、江南まで、東南は豊田市まで接続されています。余裕を持って家を出ましたので、特に地下鉄ダイヤを調べることも、ありませんでした。
それでも、乗り換えなしで西春まで到着しました。早めに家を出たのは、この西春駅付近を写真に撮っておきたかったためです。
その写真は、この書冊子の写真編に収めました。躑躅(つつじ)が満開で、ハナミズキも盛りは過ぎたものの、十分に観賞できました。何より、欅(ケヤキ)等の新緑がみずみずしく、素晴らしい時期でした。
<名古屋国際空港>
午後の便なので、Muさんとは12時に名古屋国際空港で待ち合わせました。何人かの人に声を掛けてありましたが、「韓国・現地集合」に近かったので、結局、2人旅になりました。
連休が始まったと言うのに、空港はほとんど混雑していませんでした。意外な思いがしました。5月1日と2日が平日なので、ピークが分散したためのようでした。それにしても、高速道路の混雑ピークが29日であるとのテレビ報道との違いが、よく理解できませんでした。
搭乗手続きを先に済ませて、昼食を摂ることにしました。国際線より、国内線のほうが食堂の数が多いので、シャトルバスで移動しました。一膳飯屋のような店に入り、和食を頼みました。生ビールも置いてありましたので、中ジョッキを頼みました。先払いで、待ち時間がないのがいいし、安いのもまたいいお店です。これで、暫くは和食とのお別れです。
<釜山到着>
釜山までの空の旅は実に短いものです。実際、1時間30分もかかりませんので、国内旅行と全く同じか、短い感じです。
名古屋空港を飛び立った後は、すぐに日本海側に出て、海上を飛行します。途中、気流が乱れることもほとんど経験したことがありません。機内では、サンドイッチなどの軽食と、缶ビール1本がお決まりコースです。機内サービスは韓国の方なので、
「ケンメクチュ チュセヨ(カンビールを頂戴)」
と、早速ハングル会話の練習です。ビールの発音は、メッチュで十分に通じます。
雲の上を飛んでいるうちは、地上の天候を気にすることもありませんでした。しかし、厚い雲を潜ると、窓ガラスを真横に雨滴が流れ始め、視界も全く利かなくなりました。
案の定、釜山は雨でした。しかし、その雨は大した降り方ではありませんでした。恵みの雨、穀雨と思えば、雨もまた善しです。「春雨じゃ、濡れて行こう」の世界です。
<空港のタクシーにはご注意>
空港を出て釜山市中心部に向かうバスを待っている時、タクシーの運転手さんが近寄ってきました。
「リムジンバスでも4500ウォンします。タクシーで5000ウォンですから乗りませんか?」
と日本語で話し掛けてきました。写真入の名刺も渡してくれました。それで、雨も降っていることだし、タクシーを頼むことにしました。前払いで2人分の1万ウォンを渡して、ワゴン車に乗り込みました。最初は、少し安すぎる感じもしましたが、
「ジャンボタクシーだから安いんではないか?」
と、思っていました。ところが、空港内を走っている内に、クラクションを 鳴らして別のタクシーを停め
「そちらのタクシーに移って欲しい。お金は返すから」
と言って、ジャンボタクシーを停めました。独り言のように、
「私の(目的の)客ではなかった」
言っているのが聞こえました。
「約束が違う。元の位置まで戻って!」
と強く言って、そのタクシーには乗らず、バス停まで戻ってもらいました。結局、空港内道路を1周してしまいました。私達と会話しているうちに
「安宿にしか泊まらない、儲からない客は相手にしない」
と、言うことになったようです。高級ホテルに案内し、夜の部の世話も期待したかったのかも知れません。
実害はなかったものの、もし、別のタクシーに乗り移れば、正規料金でも、2、3万ウォンは請求されたはずです。場合によっては、その倍位かも知れません。
すべてのタクシーが悪徳と言うわけでは、決してありませんが、くれぐれも、空港などの客引きタクシーには、注意が必要です。待ち合わせも、到着ロビーではなく、出発ロビーを利用するのが賢明です。こちらであれば、客引きに出合うことはほとんどありません。
<釜山の中心部へ>
改めてバス停で中央洞(チュウォンドン)か、南浦洞(ナンポドン)付近に行く路線番号を調べて、待つことにしました。ところが、中々、目的のバスは来ませんでした。ほとんどのバスが、西面(ソミョン)方面行きでした。西面方面に行く同じ路線番号のバスが何台も通り過ぎたので、些か、あせってきました。
それでも、小1時間程もしたら、目的の路線バスがやってきました。やれやれといったところです。翌日KALの事務所で、空港行きのリムジンバスの切符を買いましたら、4500ウォンでしたから、先程の運転手さんの言ったことは間違いではありませんでした。
しかし、この路線バスは1200ウォンなので、はるかに安い値段です。1時間ほどバスに乗って、僅か120円と喩えたら、もっと分かりやすいでしょうか。
<釜山の定宿、ソウル荘旅館>
荷物を持ったままの行動は鬱陶しいので、バスを降りた後は、先に宿を探すことにしました。今回も、いっさいの宿の予約はしていません。それで、場所も地下鉄に便利だし、安い値段なので、昨年も泊まった「ソウル荘旅館」を探すことにしました。
地下鉄か国鉄の駅からだと問題ありませんでしたが、空港から乗ったバスが大回りをして、少し方向感覚が無くなってしまいました。それで、釜山タワーを目当てに大まかな方向を決めて探し歩き出しました。
多少、回り道をしましたが、無事目的の旅館に行き着くことが出来ました。早速、荷物を部屋に置いて、釜山の散策に出かけました。
ところで、ソウル荘旅館には、この5、6年間で4、5度は泊まりましたが、値段が少しずつ上がってきています。旅行記を読み返せば、どこかに書いて置いたかも知れません。
私がこの旅館に最初に泊まった時は、1700ウォンだったような記憶があります。それから計算すると、5割近くも値上がりしていることになります。しかし、それでも2500円弱なので、いつも泊まっている安心料を込みと思えば安いものです。
こんな話の一部を、空港のタクシーの運転手さんに話したので、儲からない客は降ろされたのかも知れません。
部屋はオンドルになっていますが、プサン辺りでは、この時期、暖房にはなっていませんでした。同じ時期でも、ソウル辺りまで北に上りますと、オンドルが使われていることがあります。
<チャガルチ市場>
宿からは、地下鉄が便利です。それで1駅だけですが地下鉄に乗ってチャガルチ市場に向かいました。乗った駅は南浦洞(ナンポドン)駅、降りた駅は市場の名前と同じ、チャガルチ駅です。
このチャガルチの地名の英語表記は、『Ja』で始まるジャガルッチだったり、『Cha』ではじまるチャガルチであったりします。パンフレット類でも、同様です。この違いは、大したことではありません。釜山の場合も、Pではじまるプサンであったり、Bではじまるブサンとなっていたりします。表記を統一するようなことはしないのが、韓国式のようです。ケンチャナヨの世界でしょうか。
ところで、多くの地名が漢字表記のハングル読みであるのに対し、この地名だけは、日本語パンフレットでカタカナ表示になっています。それで、ガイドブックなどで調べましたら、この地名は韓国の固有語で、「小石、あるいは小石の鳴る音」に由来していることが分かりました。
そういえば、チャガルチは海に近く、しかも岩山の多い地形に位置しています。魚市場としては韓国有数であり、ひょっとしたら、韓国最大の魚の町であるかも知れません。
夕方になりましたし、いろいろ食べてみたい料理もありましたので、まずは、チャガルチに近い店で、軽く食事を摂る事としました。ヘムルパージョン(海産物を使ったネギお好み焼き)を1つと、焼き魚を食べました。店先でパージョンを焼いていて、つい、その匂いに負けて、店に入ってしまったのが本当のところです。
魚は、最初は鯵(アジ)の一夜干しかと思いましたが、店先で確認したところ、鯖(サバ)だと言うことを教えてもらいました。油を引いて焼き上げてありました。どちらかと言えば、蒸し焼きに近い料理です。ビールと焼酎を1本ずつ頼んで、2人前、締めて1100円ほどでした。
<生ビール(センメクチュ)の店>
ヘムルパージョンと魚だけでは少し、お腹が空いたので、その夜、宿の近くの店で、生ビールを飲みました。新装開店して間もない店です。建物としては、宿の北隣、店の入口では3つ目です。
日本人客と分かると、英語で話しかけてきました。それで、生ビールの大ジョッキと鳥料理を頼みました。注文を取りに来たのは、なかなか感じのいい、若い店長さんと思(おぼ)しき人でした。
大ジョッキは、500ミリと1000ミリリットルと容量表示してありました。1000ミリリットルは760ミリのビールの大瓶より多いので、日本で言えば特大ジョッキか特特大ジョッキクラスです。値段から言えば、得得ジョッキだったと言えます。
この店長さんらしき人は、勘定の時、端数を負けてくれて、
「ディスカウントです」
と、言ってくれました。このお店、定宿の近くであり、また、訪れる機会があるかも知れません。
名古屋・天白にて
燕や韓と日本に飛び別れ
西春駅にて
藤棚に憩う人なし午後の旅
紅躑躅目に焼付けて空の旅
釜山へ向かう機内にて
去年今年海と空から韓の春
春雨を窓に眺めて旅速し
春雨や横に糸引く円き窓
島影の縁取り白し春の海
釜山に降り立って
春の雲潜りて釜山や午後の雨
出迎は金海(キメ)の空港春の雨
穀雨也思えば旅もまた楽し
釜山の街で
蔦若葉古き館は蘇る
行着きてまた折返したる蔦若葉
チャガルチ市場で
川蜷と後で識りたる引屋台
【旅行時期】2001/04/29~2001/05/03
【エリア】
釜山
【テーマ】
【投稿者】
旅人のくまさん